何から何まで何もない
世界に通用する本物の産業技術というのは、今までの経験と勘の産業技術じゃ、どうにもならないんですよ。本物の科学に基づいた産業技術じゃないとね、新しいことはできないのです。
―それを実現するためには「全部新しくつくらなければいけない。そのためには物凄い量の研究開発が必要だ」と先程お話されていました。現段階では、全体のうち、どれくらい具現化できたのですか?
本当に膨大な量の要素技術開発をやらなければいけなかったのですが、必要な技術開発は全部整いました。いよいよ総仕上げの時ですね。では、どういったところに一番時間がかかるかと言うと、最初の頃なのです。
例えば、まともなステンレスのチューブがない。じゃあステンレスのチューブの内面を研磨しよう。でも研磨する技術もない。つまり何から何まで何もないのです。だから全部それをつくらなければいけない。そうやって、だんだんいろいろなものができあがってきます。すると今度は、それを水平展開して、他の技術開発にも使えるようになるので、スピードは速くなっていくのですよ。ですから最初の頃が一番、物凄く時間がかかって大変でした。
トータルな開発の一部だが、なければ絶対に仕上がらない
ちょうど良いから、ポンプの例でも紹介しましょう。
我々は(半導体の)製造プロセスをやる時に、装置中のガスの圧力を大気圧の1/1000~1/10000くらいに下げないといけないんです。そのためにガスを排気するポンプが必要なんですね。ところが、我々がプロセスをやりたいガス圧力のところで排気能力のあるポンプがありませんでした。
さらに、ガスの種類が異なると排気性能が違ってしまうので、すべてのガスに対して同じ排気速度を持ったポンプじゃないといけないのです。そうじゃなければ、例えば水素みたいなものが装置の中で軽いガスが発生すると溜まっちゃうわけですね。けれども、軽い水素ガスが十分に廃棄できるポンプは今でもありません。
じゃあ、それをつくらなきゃいけない。そこで我々が流体力学に基づいて一生懸命設計しました。すると、ポンプはこういった構造になるのですよ。
【図1】不等ピッチ不等傾斜角スクリューブースタポンプ
ポンプはこのようにスクリュー構造になっていましてね。入口側はスクリューの角度が45°ですが、出口側へ行くと5°~10°に角度が緩くなっています。さらに、入口側のスクリューのピッチ(ピッチ:同じ機構がいくつも並ぶ際における個々の間隔)は非常に広くて、だんだんスクリューのピッチが狭くなっていくのですよ。このような不等ピッチ不等傾斜角のスクリュー構造をつくると、私が求めているポンプになることを理論的に誘導できたのが、今から19年前、1992年2月のことです。
次に、「よし、じゃあ早速つくりにかかろう」と開発に着手しました。するとね、今度はこういう不等ピッチのスクリューを機械加工できる装置がないのですよ。そんなものは、今までになかったわけですからね。そこで今度は、機械加工する装置から開発を始めたわけです。その装置の1号機ができたのが、1996年。私が狙った性能を持っていることは、そこで間違いなく確認できたわけです。
ところがね、今度は、産業製品にならないのです。なぜかと言うと、このスクリューを1個加工するのに、
2000 l/min 一番右のもっと小さいもので150時間もかかっちゃうのです。2個加工すると300時間ですよ。物凄く長い時間がかかっちゃってね。値段が高くて、実用化できないんです。ですから、それから今まで一生懸命、加工するための機械をどんどんどん新しく開発し、さらにスクリューを切削する超硬バイトも同時に開発するわけです。今は当時に比べると、ほぼ10倍の大きさの一番左側のスクリュー(20000 l/min の排気速度)なのですが、1個のスクリューを加工するのに15時間で加工できるようになりました。それが去年のことです。さらに今は、それを10時間以内に持っていこうとしています。こうしてやっと、産業製品にできるところまで持ってこれたのです。
―装置をつくるのにポンプが必要で、今度はそのポンプをつくる機械が必要で、更に今度はその機械を実用化するために改良していくことが必要で...ということを一つの研究室でトータルにやっていくのは、気の遠くなるような道のりですね。
だからね、「こういうものをつくらないといけない」と思ってから、最初のものができるまで、それでも比較的早くできたのですが、8年くらいかかりました。ところが実用化するまでに、やっぱり20数年かかっちゃうのですよ。もう、何から何まで全部新しくしないと駄目なんですから。それでやっと今、総仕上げに取り掛かっているところなんです。
しかもね、ガスを排気するポンプなんて、トータルな開発の中の一部の一部なんです。けれども、これがなければ、絶対にトータルな製造装置システムは仕上がらないのですよ。絶対に必要なんです。こういったものが、他にもいっぱいあるんです。
何から何まで全部自分でつくらないと駄目
―ポンプの他には、例えばどんなことが必要なのですか?
例えば、これが(半導体製造)装置の断面図です。プラズマを励起するガスを供給するための上段のシャワープレートと、原料ガスを供給するための下段のシャワープレートがあってね。この装置の中に、均一かつ層流状に、綺麗にガスを流してやらないといけないのです。
【図2】製造装置システムの断面図
そのためには、この上段のシャワープレートは、こういった構造が必要になるのですよ。アルミの板に、直径0.13mmの穴を、0.3mm以下のピッチで、物凄い数を開けなきゃいけないのです。すると、半導体の300mmウェーハ用装置の場合、0.13mmの穴を約百万個も開けないといけないんですよ。
【図3】製造装置システムの上段シャワープレート
従来の技術では、ドリルで1個の穴を開けるのに約10秒かかります。すると百万個の穴を開けるのに1千万秒、つまり4ヶ月くらいかかっちゃうのですよ、穴を開けるだけでね。それでは値段が高くて産業製品にはなりません。
そこで我々が今までずっと何をやってきたかと言うと、この穴を正確に速く開けるための新しい「プレス」という技術をつくったのです。その結果、今までの技術では4ヶ月近くかかっていたものが、数時間で穴が綺麗に開くようになってきました。それが、技術開発の中身なんですよ。たかが穴を開けるだけなのですがね。けれども、そんな技術は全くこれまでなかったのですから、何から何まで全部自分でつくらないと駄目なんです。
それは並大抵の技術開発ではないことが、わかりますでしょう?だからね、全部つくろうとすると、やっぱり30年近くかかっちゃうのは仕方がないのだなと、つくづく思いますよね。でも、おもしろいですよね。全部、自分でやってきていますから。
現状のシリコン技術の行き詰まりを突破しなければ駄目
―トータルでは、どのようなものをつくりたいとお考えなのですか?
半導体の集積回路をつくるためのトータルな生産ラインをつくろうとしているのですよ。それと同時に、今の技術では全くできない新しい集積回路ができるようになって、性能が格段に向上していくのです。
【図4】現状のシリコン技術の完全な行き詰まり
現状のシリコン技術は、完全に行き詰っていましてね。この図は縦軸にインテルのマイクロプロセッサの動作速度がプロットされていて、横軸はカレンダーイヤーです。1990年の「i486」から2005年の「Pentium 4EE」まで、動作速度が順調に伸びていることがわかりますでしょう? 33メガヘルツクロックから3.8ギガヘルツクロックまで、たった15年間で動作速度が115倍も向上しているのです。世界の産業の進歩を支えたのは、シリコン集積回路技術なのですよ。
ところがね、その後の5年間を見てください。完全に進歩が止まっちゃっている。そのために情報通信技術が進歩しなくなった。だから、世界中の産業の進歩が止まっちゃったのですよ。例えば今、何かあるとすぐに世界中が同時不況になるでしょう?その原因は、情報通信技術の停滞にあるのです。ですから、この行き詰まりを突破させなければ駄目なのです。我々がつくりあげる新しい技術にすれば、どんどん動作速度が向上していきます。100ギガヘルツクロックを超えるくらいですよ。どんどん、どんどん、これからも向上していきます。
コラボレーション
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