【新博士インタビュー】新博士を祝う会開催 東北大・物理学専攻
2011年04月05日公開
東北大学大学院理学研究科物理学専攻で開催された新博士講演会のようす
東北大学大学院理学研究科物理学専攻は、博士号を取得した学生を祝うための講演会と祝賀会を4年前から開催している。今年2月に開催された講演会には、専門の枠を超え、学生や教員ら約40人が参加し、物理学の最前線を楽しんだ。
新博士による講演会は、フィギュアスケートに例えればエキシビションにあたるもの。専門の異なる人でも理解できるよう、かつ講演者本人が楽しんで発表できるよう、物理学専攻賞を受賞した新博士3人が講演した。
講演会後に行われた祝賀会と祝賀会
講演会に続いて、新博士と専攻賞受賞者を祝うパーティーが開催された。総長賞には、層状コバルト酸化物における熱電発電の起源を明らかにした荒金俊行さんが選ばれたほか、専攻賞に博士2人と修士5人が選ばれ、田村裕和専攻長から賞状と記念メダルが贈られた。
田村専攻長は「博士号は、単に三年間在籍するだけで取得できるものではなく、非常に大変でとても価値あることなので、本来お祝いをすべきこと。ところが最近はネガティブな面ばかり強調される風潮があるため、学生が博士号取得を敬遠するのではと心配している。それは日本全体の科学にとって悪いことだ。博士は大事なもので世間からも尊敬してもらえるようになるよう、その一歩として、新博士を皆でお祝いして敬いたい」と話している。
生まれたての博士は、どのようなことを感じながら、研究生活を送っていたのだろうか。新博士3人に聞いた。
新博士インタビュー
【総長賞】荒金 俊行さん
博士論文題名:角度分解光電子分光による銅酸化物高温超伝導体バルク電子構造の研究
指導教員 :高橋隆教授(光電子固体物性研究室)
荒金俊行さん
―受賞おめでとうございます。まずは喜びの声を聞かせてください。
5年間研究をしてきて、賞を取れたかどうかということよりも、研究を博士論文としてまとめることができたことが、一番うれしいことですね。
―5年間の研究生活を振返り、率直に感じることや深く印象に残っていることは何ですか?
一時期ずっとデータが出なかったこともあり、1年間くらい研究が止まってしまったことがありました。しかし、その壁を突破するようなデータが出て、実はそれが博士論文につながったのですが、それが自分の中で一番印象深いことでした。
―では、その研究内容についてご紹介ください。
この物質(層状コバルト酸化物)は非常に「熱電発電」の効率が良いことで知られているのですが、その起源を明らかにすることができたことが、この研究内容のおもしろい点です。このような起源を明らかにすることで、今後、熱のエネルギーを電気的なものに変えていくことができるようになります。
すると、熱はいろいろなところにあるので、その熱を直接電気に変えることができれば、例えば今のエネルギー問題などに対しても何らかの解決策を与えるのではないかと考えています。それが僕がやっている研究の中で、一つのモチベーションになっています。
―先ほどお話していた「1年間ずっと研究が止まっていたけれども、それを突破するデータが出た」ことと「層状コバルト酸化物における熱電発電の起源を明らかにした」ことの関係について教えてください。
これまで、この物質がなぜ高い熱電性能を持つかは、全くわかっていませんでした。「このようになるはずだ」という理論的な考えはこれまで継承されていたのですが、それを裏付ける実験データは全く出てこなかったのです。
それを明らかにしようと思い、僕はずっと実験をしてきたわけですが、なかなかそれに対応するようなデータを得ることはできませんでした。そこで、実験条件をかなり見直し、根本から全部やり直しました。すると、まさしく提唱されているようなデータが出てきたのです。これにより、高い熱電性能を持つことを直接明らかにすることができました。
―世界中の研究者が明らかにしたいと思う中で、なぜ荒金さんはその壁を突破できたのですか?
「こうなるはずだ」というデータがまず頭にあり、ひたすらその条件を突き詰めました。例えば、測定するサンプルは比較的劣化しやすいものなのですが、そのような劣化も条件として考慮した実験は、これまで行われてこなかったのです。このように条件を突き詰めたことが、大きな要因だと思っています。
―そのような研究生活の中で、いつも心がけていたことなどはありますか?
あまり考えてはいなかったのですが、きちんとデータをまとめて、いろいろな人とディスカッションをすることに、気を使って研究を進めていたと思います。
―これからの進路について、教えてください。
東北大学で任期付き研究員として研究を行う予定です。
―最後に、後輩へのメッセージをお願いします。
とにかく気負わずに頑張ってください。もちろん焦らなければならないこともあるとは思うのですが、焦っても仕方がないこともあります。焦らずに、着実に進んでいって欲しいなと思います。
―きちんとデータをまとめて、いろいろな人とディスカッションをして、着実に積み重ねていったからこそ、今回の研究成果も出たのですね。
そうですね。
―荒金さん、ありがとうございました。
【専攻賞】那須 譲治さん
博士論文題名:「軌道縮退系におけるフラストレーション効果の理論」
指導教官 :石原純夫准教授(物性理論)
那須譲治さん
―受賞おめでとうございます。まずは喜びの声を聞かせてください。
大変光栄なことです。このような名誉ある賞をいただけて、本当にうれしいです。
―5年間の研究生活を振返り、率直に感じることや、深く印象に残っていることは何ですか?
石原先生には、発表や論文など様々なところを見ていただき、大変お世話になりました。石原先生がいなければ、このように研究を進められなかったと思います。また、所属している「物性理論」はとても大きな研究室で、いろいろな研究室の人たちと活発に議論できる環境がありました。そのような環境をうまく活用できたことが良かったと思います。
―研究内容について、ご紹介ください。
物質を考える時、普通は電子の間の相互作用をあまり考えないのですが、電子の間の相互作用を考えなければ説明できない現象が、例えば酸化物の「高温超電導」など、最近はたくさん見つかっています。
そのような系を考える時、電子がどのような軌道を描いているかが、物質の性質に影響を与えるのです。その電子軌道がどのように秩序したり秩序しなかったりするのか、そのような秩序したり秩序しなかったりを何が決めているか、逆に理論的に何かおもしろい効果を予想できないか、そのようなことを研究しています。
―研究成果としてわかったことは何ですか?
地球が太陽の周りを周回運動する場合、その運動をしている平面の中で地球が動きまわり、それと垂直な方向には地球が来ることはないわけです。その類推から電子も原子核の周りをまわっている訳で、原子核の周りには電子が存在する方向と存在しない方向があります。それを決めているのが電子のもつ「軌道状態」なのです。つまり電子が描く軌道は、空間的に電子がどちらの方向に広がっているかが重要で、例えば縦側に広がったり横側に広がったりしているわけですね。ここまでは原子が1つだけの話ですが、実際の物質はその原子がたくさん集まってできています。それぞれの原子は電子を持っていて、その電子の持つ軌道状態がすべて同じ方向に揃ったり、周期的に整列する状態が結晶中では実現するのです。今回の成果は、電子の間の相互作用をコントロールすることで、電子の軌道状態の秩序が壊れだすところで、おもしろい現象が出てくることがわかったことです。
―おもしろい現象とはどのようなものですか?
磁石はN極とS極の2つがあり、その2つが対になっています。こういう極が2つあるものを双極子と言います。つまり普通の磁石は双極子なのです。 それに対して立方体の8個ある角にN極、S極が交互においたものを八極子(Octupole)と呼びます。磁石の親戚のタコ(Octopus)みたいなものです。これは磁石のモトであるN極とS極からできていますが、いわゆる磁石である双極子と違って、磁石にならないのです。この八極子が周期的に並んだ状態が、電子の軌道状態の秩序が壊れだすところで現れることを今回の研究で予想しました。これまで軌道秩序が消えること自体は実験的に見えているのですが、八極子までは見えていませんでした。そのようなものが実験的に見ることができたらおもしろいと思います。
―今の「八極子」の話と冒頭で仰っていた「電子の相互作用を考えなければ説明できない現象」の関係について説明してください。
今回の研究では、電子間の相互作用の強さを変えることで、八極子が周期的に並ぶ状態が実現することを見出したため、この相互作用が八極子の出現に寄与しています。もっと根本的には、今考えている物質系は電気を流さない絶縁体であり、この仮定の下で研究を行っています。この絶縁体は電子間の 相互作用を考えないと説明できないもので、相互作用を無視してしまうと理論的には金属と予想されてしまいます。つまり、この研究の土台にも電子間 相互作用は必須なのです。
―研究生活の中で、いつも心がけていたことなどはありますか?
諦めないで頑張ることです。まわりも諦めずに一つのことを一生懸命やる人たちばかりなので、そのような環境に影響されたのだと思います。
―これからの進路について、教えてください。
東北大学GCOEの助教です。
―最後に、後輩へメッセージをお願いします。
物理はおもしろいですし、こんな自分でも博士号を取れるので頑張れば何とかなりますよ。
―那須さん、ありがとうございました。
【専攻賞】山影 相さん
博士論文題名:「トポロジカル絶縁体における乱れの効果と量子相転移」
指導教官 :倉本義夫教授(物性理論)
山影相さん
―受賞おめでとうございます。まずは喜びの声を聞かせてください。
最初はもちろん受賞できるなんて思ってもいませんでした。けれども賞をいただけると聞いて、いろいろ皆さんのご協力があってのことですが、5年間のがんばりが認められたという意味では大変うれしく思っています。
―では、5年間の研究生活を振返って、率直に感じることや、深く印象に残っていることは何ですか?
この物性理論は、いくつかの小さなグループからなりたっていますが、全体としては学生も併せると60人くらいの、日本有数の大きなグループです。その中で、いろいろな素晴らしい人たちと出会える機会が豊富にあったことが、本当に嬉しかったことですし、それが自分の研究の糧となり、財産となりました。もちろんプライベートでも仲良くしていただいた先輩方もいます。それが本当に良かったと思う点ですね。
―そのような環境の中で行ってきた研究内容について、ご紹介ください。
僕が研究テーマにしたのは、「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる系です。従来の絶縁体は、例えば、絶縁体とはどのようなものか、どのような時に絶縁体になるか、ある程度の基本的なことは何十年も前からわかっていました。
ところが近年、ここ2~3年のことですが、新しいタイプの絶縁体があることがわかりました。理論的にも実験的にも、最近この新しい絶縁体について活発に研究されています。トポロジカル絶縁体は、今一番ホットなトピックと言っても良いでしょう。
―「トポロジカル絶縁体」とは、どのような絶縁体なのですか?
絶縁体とは電気を流さないものですが、トポロジカル絶縁体とは、その表面だけに電気が流れる特殊な絶縁体であることがポイントです。それに由来して、例えば電場をかけた時に磁場が応答するといったような、非自明なおもしろい応答が起こり得るのです。そのような意味で応用的な興味も持たれており、例えば工業製品などでもおもしろい使い方ができるのではないかと期待されています。
基礎的な興味も持たれています。例えば、多数の原子が集まって絶縁体が作られますが、さらに原子は電子や非常に小さな素粒子から構成される原子核からなっています。実際の絶縁体の大きさを1cm程度とすると、これは原子の1億倍くらいです。
ところがトポロジカル絶縁体では、それだけ大きなところにも、素粒子のような非常に小さな世界の現象が現れてしまうのですね。素粒子や原子核の分野で調べてられているこのように非常に小さな世界の振る舞いが、トポロジカル絶縁体の電子にも現れるのです。そのような意味では、僕が研究している物性というマクロなシステムと、素粒子というミクロなシステムの両方の性質を、トポロジカル絶縁体は持っているのです。
また、トポロジカルという名の通り、数学のトポロジー(「やわらかい幾何学」として知られる比較的新しい幾何学の分野。直訳すると「位置の研究・学問」)とも非常に密接な関係があります。そのような意味でトポロジカル絶縁体は、物性、素粒子・原子核、数学、この3つの分野をまたがり、3つと強く結びついている物質なのです。ですから本当にいろいろな分野の人が、トポロジカル絶縁体について活発に研究しているのですね。以上がトポロジカル絶縁体の最近の状況です。
―「トポロジカル絶縁体」について、どのような研究をしているのですか?
僕の研究のキーワードは「乱れ」です。普通は理論的に物事を考えようとすると、まずは理想的な、綺麗な物質を考えます。けれども現実に実験しようとなると、もちろん実際は綺麗ではなく、いろいろな不純物がついていたり穴があいたり、かなり汚れているわけですね。そのような時、トポロジカル絶縁体に見られるおもしろい現象は、本当に見られるのだろうか、それとも壊れてしまうのだろうか。そのような点をきちんと明らかにしていなければ、現実に実験もできません。僕の行った「乱れ」の研究は、この理想的な状況と現実的な状況の間にある溝を埋めるような研究であったと認識しています。現実的な状況を考えるには、今このようなことが必要です。
もう一つは、基礎的な興味、学問的な興味があります。「乱れ」によって「相転移」という現象が起こります。相転移が起きる時の振る舞いは、物質の詳細に因らず、何か決まった現象を示すことが知られており、これを「普遍性」と呼びます。つまり、実際に理想的な系を考えようとも、ある程度汚い系を考えようとも、相転移するところでは、どちらも同じ共通の振舞いを示すはずだ、という物理の基本的な概念があるわけですね。そこで、今考えているトポロジカル絶縁体においても普遍性が成り立つのかどうかという、基礎的な学問の興味があります。
要するに私は二つの観点から、つまり普遍性に対する基礎的な興味と、現実の実験との対応と言いますか、実際にどれくらい乱れたら駄目になるのか、どれくらい乱れているならきちんとトポロジカル絶縁体が実現できるのかなど。そのような二つの観点から研究をしていました。
―そのような研究をする中で、いつも心がけていたことなどはありますか?
やはり研究とは、自分ひとりだけがおもしろい、あるいは正しいと思っていても、成り立たないものです。ですから、結果なり理解なりおもしろさなりを、共有することが大切だと思うのです。そのような意味で、他の研究者の人たちがどのような研究をしているのか話をよく聞いたり、あるいは自分からも「自分はこういう研究をしているけどどう思うか」と発信したり、もちろん指導教官である倉本先生や共同研究者の皆さんと綿密に議論したりすることを心がけていました。そのように人と話している時、例えば昼食を一緒にとって雑談している中から、おもしろいアイディアは生まれてくるものなのですね。
研究は、実際に作業することも大事なのですが、「このようなことをやったらおもしろいのではないか」というはじまりのアイディアが一番大事で、ここで研究の良さは90%が決まると思うのです。これは研究に限らず仕事でも何でもそうだと思うのですが、人といろいろ情報を交換し合ったり、コミュニケーションを密にとっていく中で、おもしろいアイディアが出てくるのではないかと思っています。ですから、絶えず情報の窓を外へ開いておくことは、やはり大事なことですし、心がけてきたことですね。
―「これまでの研究生活を振返って印象深かったこと」でも、いろいろな人との出会いが財産だったと仰っていましたね。
そうですね。本当にそれがこの5年間で得られたもので一番大きかったと思うところですし、これからも大事にしていきたいと思っています。
―これからの進路について、教えてください。
今年3月で博士号を取得し、4月から新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」の研究員として名古屋大学工学研究科に赴任することになりました。こちらでも、今の研究テーマであるトポロジカル絶縁体と、トポロジカル絶縁体の兄弟分にあたる「トポロジカル超伝導体」の二つについて研究 していく予定です。
―最後に、後輩へメッセージをお願いします。
僕はこれまで物理、科学をやってきたわけですが、これはすごくおもしろい学問だと思うのですね。まず自分でいろいろ考えて、自由な発想やアイディアを生かして、何か新しいことをする。科学は非常にクリエイティブな仕事だと思うのです。
特に僕は「理論」をしているのですが、理論は非常に柔軟に自分のやりたいテーマを選べますので、自分の思ったことや興味のあることを、とことんまで突き詰めて考えることができます。それでまた自分の中でいろいろな考えや知識を蓄えて、他の人たちと議論できます。そして他の人たちに「おもしろいね」と言ってもらったり、時には「それはおかしいのでは」と言われたり。つまり、やることを自由に選べて、本当に自分のやりたいことを、限りなく100%近くできるのではないかと思うのです。
それに物理学というのは、すべての学問、それは科学なり工業製品に応用する際の工学的なことなり、すべての土台になっていると思うのですね。そのような意味で、もちろん物理学でできる技術は100年くらい経たなければ工業製品にならないかもしれないけれども、それでも100年を先取りして、自分たちが本当に新しい技術なり概念を見つけたり議論したりしていける、すごくおもしろい学問だと思います。
中高生の皆さんにとっては、まだ学校では本当の学問の姿は見えていないかもしれません。けれども今は、いろいろな場で研究者の日常や考えなり、その一面をつかむことができる機会があると思うのです。そのようなものを見てもらえれば、科学はおもしろいと思ってもらえるのではないでしょうか。僕は本当に、中高生の皆さんに、サイエンスはおもしろいことを伝えたいと思います。
―山影さん、ありがとうございました。
コラボレーション
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