結晶が「綺麗」「汚い」とは
―そもそも「良い結晶」「悪い結晶」とは何ですか?
では、もう少し深い話を。先ほどから「結晶が綺麗」「結晶が汚い」と言っていますが、それはどういうことかを少し考えてみましょう。
普通は、例えば食塩やシリコンなど無機塩の場合、結晶に含まれる欠陥は2種類あります。一つはいわゆる「点欠陥」と呼ばれるもので、例えば本来シリコン原子があるはずのところが抜けている状態、つまり「空孔」がある欠陥です。それに対して、もう一つは「線欠陥」と呼ばれる、いわゆる「転位」という欠陥です。
例えば、皆さんご存知の方解石は、ナイフで割るとパカッと分かれますよね。あれはこの転位が面にそって動くからパカッと割れちゃうのです。このような線状の欠陥は無機塩ではよく知られています。そして、結晶の完全性の評価では「この結晶は転位が一平方cmあたり10の6乗本(100万本/cm2)ありますよ」という風ように評価するのです。例えば「普通の結晶なら一平方cmあたりこの転位が10の5乗本あります」「10の4乗だったら綺麗ですよ」といった感じです。
無機塩の場合、結晶の欠陥という点から見ると、一番良い結晶はシリコンです。1平方cmあたりの転位は0本、つまり全然入っていないのです。そのためシリコンは「無転位の結晶」と呼ばれています。例えばシリコンに転位があると、電流を流しても電子が欠陥のところで止まるなどして、電気的な欠陥になります。特に最近は回路がどんどん細くなっているので、細かい回路に欠陥が当たると、電流が流れなくなり不具合が生じてしまいます。ですから無機塩の世界でも、欠陥を無くすことは非常に大切な話なのですよ。
現在のシリコンは2階建ての天井が必要なほど巨大な結晶です。それをスライスして磨き、平らになるようにします。その上に回路を印刷し、印刷されない余分な部分を溶かしたり、さらに上に別なものを成長させたりして、コンピュータの心臓部である現在のチップができますね。このようにして欠陥を減らすことで、現在の実用的な半導体ができあがっているのです。
無機塩よりタンパク質の欠陥が厄介
―集積回路をつくるときも結晶成長が重要なのですね。
シリコンのような無機塩の場合、欠陥の多くは転位、つまり"原子や分子の集まり方の乱れ"なんです。分子の並び方の欠陥なら、X線的な方法で「この分子がずれているな」と見てわかるのですよ。それに対してタンパク質の欠陥は厄介です。タンパク質でも、分子の集まり方の乱れは大切ですが、タンパク質分子の構造の乱れが欠陥なのですよ。
つまりタンパク質の場合、一つひとつの分子に数千~数十万の原子があるわけですが、その一つひとつの分子の中、例えば「ここに炭素が来るはずなのに、ずれている」「なかった」といった欠陥が大事になるのです。そのような欠陥は顕微鏡で見ただけではわかりません。しかもタンパク質は巨大なので複雑です。例えば食塩みたいに簡単な構造なら、それ程複雑な乱れはないのですが、こんなに巨大なら複雑な乱れがたくさんできて当前なのです。
―なぜ顕微鏡では見えないのですか?
では、この写真を見てください。結晶表面を拡大して見た一分子像です。この粒々が分子ですよ。顕微鏡でもここまで見ることができるようになったのです。転位と言われる分子の並び方の欠陥なら、顕微鏡的方法でもわかるのです。ところが、その分子の中の構造までは、そこまでの解像度は現在のところ顕微鏡にはないため見ることができません。
【図1】タンパク質の結晶表面
―では、タンパク質の欠陥は、どのようにして調べるのですか?
X線で精密な構造を調べる方法が進んでいます。一つのタンパク分子の中で、例えば炭素や窒素の原子が如何に綺麗に並ぶかの情報をたくさん集めれば、X線で原子間の平均的な距離がわかります。けれども平均的な距離しか出ないので、結晶が汚い(完全性が悪い)と、平均的に構造の解像度が悪くなりますよね。
要するに、たくさんのものを集めて平均的な像をつくるのが、X線的な方法です。一方、一つの分子を見て「歪んでいる」「分子の位置が違う」「分子が抜けている」といったことを調べるのが、顕微鏡的な方法です。平均的な像をつくるX線的方法に対して、一つひとつの分子を見る顕微鏡的方法は、将来的には一致するはずですが、今のところは独立して進んでいるわけですね。
なぜタンパク質の「良い」結晶なのか
―なるほど。だからタンパク質の「良い結晶」が必要なのですね。
ここで少し話を整理しましょう。タンパク質を結晶化する一つの意味としては、構造解析の手段として結晶化が必要ということです。例えば、タンパク質が数百~数千個並んだものにウイルスがあります。ウイルスの機能を調べるためには、ウイルスの結晶をつくって、その構造を解析する方法があります。構造を解けばパテントも取れるし、同時にその機能がわかれば次の手も打てますからね。次の手とは、例えば「ここに何も結合していない自由になっている結合手がある。そこに何か、例えば別のウイルスを吸着させることができれば病気がなくなる」など、いろいろなことが考えられるわけです。そこで構造解析が必要ということです。
そのためにはタンパク質の良い結晶をつくることが大切でした。そこで、どのような条件で結晶の欠陥が減るかを調べるために、アメリカでたくさんの結晶がつくられたわけです。それをつくることができれば金儲けになりますから、日本も含めてアメリカなどの製薬会社は莫大なお金を払って宇宙実験をサポートしました。その結果、統計資料として20%くらいは宇宙でつくった方が良いことがわかってきて、一つの常識になったわけです。それがタンパク質研究の一つのモチベーションなのですよ。
もう一つのモチベーションは、やはり興味から来るんですよね。無機塩のように小さな分子なら、パチンコ玉が並べられたような結晶構造になることは既に知っているわけです。では分子が大きくなると、どのような結晶成長をするのだろうか?という興味ですよ。
でも別にタンパク質の結晶なんて分子が大きいだけで、タンパク質も結晶になって当然だ、と単純に思いますよね。でも実際にはなかなかそういかないのですよ。と言うのも、1960年代、タンパク質の分子構造を解いた仕事がノーベル賞を受賞しているよね。当時はタンパク質が結晶になることはあまり知られていなかったのですよ。
当時の生化学者は、溶液中にタンパク質の分子がばらばらにあることを考えていたので、そういったものが結晶になるという概念が少なかったのです。だから、タンパク質を結晶化させて構造を解いた研究は、やっぱりノーベル賞に値する仕事になったわけですね。その頃から、構成する分子が大きくなるとできる結晶化はどうなるだろう?と考えた人は、理論屋さんでも実験屋さんでも結構たくさんいました。じゃあ、やってみようじゃないか、ということで結晶をつくったのです。
タンパク質は結晶化しない?
―なぜタンパク質は結晶しないと思われていたのですか?
例えば、皆さんご存知の食塩やミョウバンには、溶解度曲線があるよね。ここではミョウバンを例にしてまず考えてみましょう。
温度を上げれば溶液中にミョウバンはたくさん溶ける。温度を下げると溶解度が下がるためミョウバンは少ししか溶けない。その差が結晶となって析出するわけですね。では、どれくらいの余剰な分子を溶液中に溶かしておけば結晶ができるだろうか。その目安は、「過飽和」という言葉で表します。例えば「溶ける量に10%プラスした溶質を溶かすと10%が過飽和になる」「溶ける量の2倍溶質を溶かすと100%の過飽和になる」といった表現をするわけですね。食塩の場合なら、だいたい5%くらいの過飽和度でも大変速く結晶成長するのです。
ところが、これをタンパク質に適用しても成長も何もしないのですよ。過飽和度を10%に上げても成長しません。そしてタンパク質は、50%、100%と、高い過飽和度になって初めて結晶成長することがわかりだしました。それが過飽和度という数値で言われるようになったのは、1980~1990年代くらいかな。そんなに古い話ではないのですよ。
ちょっと話が横道に逸れるかもしれませんが、過飽和度という概念が出てきた背景を少しだけ説明しますね。タンパク質にも溶解度があることがわかったのは、1980年代のことなのです。タンパク質でも水に溶けにくいものもありますが、あるタンパク質は水に溶かしていくと、いくらでも溶けて水あめみたいになっちゃう。普通なら砂糖でも塩でも水に溶かせば、これ以上溶けないというところがあますよね。だからこのタンパク質には溶解度はないというのが、当時の多くの人が考えて無機塩とは違うと考えていました。
それに対して「いや、そうじゃないよ」と言い出したのが、日本の研究者なんだよね。種結晶を少し放り込んで温度を上げていくと、ちょうど溶けたり溶けなかったりするギリギリのところがあることを、日本人の研究者が注目したわけです。それが1980年代のこと。タンパク質にも食塩のように溶ける限界があることが、やっとわかったんですよ。
つまり、結晶成長の基本は溶解度でしょう?タンパク質の場合は溶けるだけ溶けてしまう。そのため、タンパク質が結晶になることはないと思われていたのが1950~1960年代。そのようなことを通して、過飽和度という概念が出てきたので、それまで培ってきた結晶成長の考えがタンパクにも適用されると分かってきたわけです。
タンパク質結晶の成長パターンを見る
そして、ある程度まで過飽和度を上げると、タンパク質だって無機塩と同じように、ラセン成長や二次元核成長などの成長パターンを示すことがわかってきたのが、1980年代です。僕らの研究が一番最初の論文になったのですよ。それまでは誰も結晶表面なんて見なかったんです。
―なぜ誰も結晶表面を見ようとしなかったのですか?
そこにはいろいろな言い訳があるけど、多くの研究者は「透明な結晶だから表面なんか見えるはずがない」という迷信を信じていたのです。けれども食塩だって透明でしょう?別に透明でも、結晶表面を見るのが僕らは得意なのです。そして結晶表面で二次元核もスパイラルもステップ(段差)をきちんと見ることができました。
それが論文になって数年後、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)という新しい方法を使ってアメリカの研究者がステップを見始めました。最初に見たのは僕らなのですが、結構そちらの方が有名になって、僕らの研究はあまり有名になってないですね。
―結晶表面の「ラセン成長」「二次元核成長」について補足説明をお願いします。
では、結晶はどのようにして成長するかを説明しますね。結晶表面を良く見ると、分子が溶液から来てランダムにくっついて成長するわけではなく、最初に二次元の小さな島ができます。そして、その島を中心にしてばっーと水平方向に広がります。しばらくすると、また新しい島がぱっとどこかで確率的にできるのです。このように、薄いステップが広がって積み重なることによって結晶成長することが、無機塩では言われていたわけですね。
【図2】二次元核成長:この結晶は二次元核成長をする。
(提供: 北海道大学 低温科学研究所 佐崎元 准教授)
図2が「二次元核成長」です。僕らの研究によって、タンパク質でも無機塩と同様に薄いステップがずーっと広がることによって結晶成長することがわかってきたわけです。
【図3】ラセン成長:この結晶はラセン成長をする。
図3が「ラセン成長」する結晶です。ラセンステップが広がることで成長するのです。無機塩でも見られるラセン成長を、タンパク質でも見ることができました。要するに、タンパク質も無機塩と基本的には同じような結晶の成長パターンを示すことが、表面を見ることでわかってきたわけですね。
タンパク質結晶の成長速度を測る
―無機塩とタンパク質で結晶成長のメカニズムはほぼ同じということですか?
まぁ、ここまでは他の無機塩と同じだよね。けれども、生化学や生物関係の人たちは、ラセン成長やステップ成長といったことはあまり知らないのですよね。多分、タンパク質の分子が巨大だから、成長速度が遅くなると単純に思っていたのだと思います。けれども実はそうではないのですよ。だんだんここからタンパク質の奥深さがわかってきたのです。
では次に、成長速度はどうなるかを測ってみよう、となりました。これまで成長速度を測る研究もなかなかなかったのです。測定した結果、タンパク質の結晶成長は非常にゆっくりしていることがわかりました。それはどれくらいゆっくりかと言うと、1秒間に1/10~1/100nm(ナノ:ミリの1000000分の1)くらいの速さなのね。計算すると、1時間かけても30nmくらい、1日かけても0.7μm(マイクロ:ミリの1000分の1)くらいしか成長しないんだよね。
では、0.7μm/日が顕微鏡で測れるかと言ったら、見えるか見えないかというくらい。10日かけてやっと7μm。すると1mmに成長しようとすると、2~3年は平気でかかってしまうということだよね。つまり、タンパク質の結晶成長速度は大変遅いのです。それほど遅い成長速度を測るには、普通なら、例えば外形の広がりを見ようとすると1年測定してやっとわかるくらいだけれども、そんなことやっていられないよね。
けれども、我々が開発した"その場"観察装置で測れば、もっと短時間でわかるのです。この装置は非常に感度が良いので、今までなら1年かかったものが1秒で測定することができるのです。このように研究道具が既に揃っていたから、一気にこの研究を進めることができました。
過飽和度を上げると成長速度は速くなる?
―タンパク質結晶の成長速度は、なぜそんなに遅いのですか?
では、実際に速度を測ってみた結果について、大ざっぱな話をしますね。結晶の成長速度は、その分子が運ばれる速度、いわゆる拡散速度に比例するというのは、何となく想像できるわけだよね。運ばれやすければ成長速度は速い。では、その拡散速度は何によって決まるかと言えば、液の粘性とその分子の大きさによって、決まってくるわけですね。
次に、粘性をほぼ同じ条件にして、無機塩とタンパク質とで、成長速度を測ってみました。すると無機塩の場合、例えば分子サイズが倍になれば成長速度は半分程度になりました。しかし、タンパク質の場合、その分子サイズは無機塩の10倍大きかったのですが、では成長速度も10分の1になるか?と言えば、実はそうではなくて100分の1程度になったのです。つまり、無機塩のように反比例の関係が成り立たなくなるのね。
別の言い方をして繰り返すと、分子のサイズが大きくなれば、拡散速度は遅くなるので、成長速度は遅くなるだろうというのは一般的な認識です。そして無機塩の場合、だいたいそのルールに乗ってくるわけです。けれどもタンパク質では、同じ条件に整えた場合ですが、拡散速度が1ケタ(10倍)しか遅くなっていないのに、成長速度は2桁(100倍)も遅くなってしまうのです。それはなぜだろう?という問題に突き当ってきたわけです。
―なぜそうなるのか、理由はわかったのですか?
例えば分子が結晶に取り込まれる時、変な方向にくっついてしまう(分子の方位が整っていない)と、乱れた結晶しかできないよね。分子が小さいと回転しやすいけれども、分子が大きくなると回転も遅くなるよね。その回転が追いつかなくなるために成長速度は遅くなるのだ、と皆さん気づき始めたわけです。ちょっと難しい言葉で言うと、分子の回転エントロピーが障害となって成長速度が遅くなるのではないか、ということを考えたわけですね。
要するに、これまでは例えば濃度(過飽和度)を上げれば、成長速度は速くなると単純に考えていたわけね。けれども分子が大きい場合、分子が結晶表面に来た時に並び変える速度が追いつかなかったりすると、乱れた結晶になってしまうわけです。ですから、タンパク質の良い結晶をつくろうとする時には、有限の速度があるということ。その有限の速度は何によって決まってくるかと言うと、単に分子が運ばれる速度だけではなく、その分子の回転速度も影響を与えることがわかってきたわけですよね。
最適な成長条件を知って結晶成長をコントロール
―では、ゆっくり成長させればよいのですか?
それを今までの人は試行錯誤でやっていたわけね。それはこれまで一般的な考えとして、「ゆっくり成長させることで綺麗な結晶ができる」という考えがあったのです。けれども、何も知らない人がゆっくり成長させて、X線で調べてみても、悪い結晶しかできないこともありました。また、ほぼ同じ条件であっても、例えば「成長速度が速い条件で結晶化させた方が、逆に綺麗な結晶ができるのではないか」といった結果も出るなど、実験者によって結果がバラバラで、一言で言えるような成果はなかなか出てこなかったんですよ。
それは皆さん、初期の条件はわかっているのだけれども、結晶をつくる時の条件なんてコントロールしていないでしょう?だからやっぱり"その場"観察を使って結晶表面を見たり、あるいは"その場"観察を使ってメカニズムを知りながら、結晶を評価することが進んでいったのです。その結果、「今はこの領域だからもう少し下げれば良いな」「あぁ、こういう理由で欠陥が増えるのだな」といったことが、だんだんわかってきたわけですよ。
すると、繰り返しになりますが、最適な成長条件があるはずだ、ということなのです。その条件は何で決まるのかと言えば、表面の不純物が影響を与える速度と、フレッシュなタンパク質分子が来る速度の競合で決まってくる、ということがわかってきたわけですね。
コラボレーション
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