2010年11月9日(火)、PEMプログラム(生態環境人材育成プログラム)受講者などを対象に、国内における水質浄化などの取組みについて現地を見学するツアーを開催し、生命科学研究科や工学研究科の博士課程学生など14名が参加しました。本COEのプロジェクトとして川渡野外実験フィールドセンター(宮城県大崎市)で実験中の人工湿地を用いた水質浄化システムのほか、細倉金属鉱業株式会社と三菱マテリアル株式会社(宮城県栗原市)にご協力いただき、坑廃水処理施設や旧鉱山敷地の緑化事業などの取組みを見学しました。
【目 次】
1.東北大学生態適応グローバルCOE人工湿地実験施設の見学
2.細倉金属鉱業株式会社・三菱マテリアル株式会社の見学
1.東北大学生態適応グローバルCOE人工湿地実験施設の見学
東北大学生態適応グローバルCOEでは、生態学、環境学に関する高い専門性を持ち、なおかつ、実社会で地球環境問題に対応し、解決していく人材の育成(PEMプログラム ※1)に取り組んでいます。9月下旬に実施された国際フィールド実習では、中国における水資源の現状と生態系を利用した水質浄化システムなどについて学びました(※2)。今回さらに学生たちの多角的な理解を深めようと、国内における水質浄化などの取組みについて見学するツアーを11月9日に開催し、生命科学研究科や工学研究科の博士課程学生など14名が参加しました。
※1 PEMプログラムとは
※2 国際フィールド実習(中国)取材レポート
まず一行は、本COEのプロジェクトとして昨年度から稼動中の人工湿地実験施設を見学するため、宮城県大崎市にある本学の農学実習施設・川渡野外実験フィールドセンターを訪問しました。
本COEでは、わが国の自然条件のもとで日本の気候に合った人工湿地の運用手法を研究することを目的として、各国で異なる最先端の人工湿地の規格や運用手法を一同に集めて検証する人工湿地実験施設を設置し、川渡フィールドセンターにて毎日2トン弱発生する30頭の乳牛に由来する畜産排水を受け入れ、これを無エネルギーで高度に浄化処理する実証実験を行っています。このような実用スケールで世界のさまざまな規格を比較検証できる人工湿地は世界でも例がありません。
※ 東北大学生態適応グローバルCOE人工湿地実験施設とは?
※ 東北大学生態適応グローバルCOE人工湿地実験施設のしくみ
一行は、本実験施設の設計者である中野和典准教授による講義を受け、人工湿地とは自然界の湿地における浄化メカニズムを原理とし、制限条件を人工的にコントロールした半自然条件下で水質浄化機能を高めたシステムであることや、本実験施設の特徴などについて説明を受けました。
続いて、本実験施設を訪れ、実際に汚水が5つの人工湿地を通って順次浄化されていく様子や、植栽条件や水位条件の効果を評価するための比較実験などを見学しました。 学生からは「植物を植える理由は何ですか?」「植栽の有無で効果はどれくらい変わりましたか?」などと活発な質問がありました。
※ 植栽条件の意図や効果については、人工湿地設計者・中野准教授へのインタビュー記事をご参照ください
【写真】左から、原水・1段目・2段目・3段目・4段目・5段目の水質のサンプル。生物学的分解が活発な夏期においては、5段階目の水質は、魚が住める程度まで浄化される。
本実験施設は、季節による温度や台風などによる降水量条件の変化がある状況下で稼働しており、約1500トンの畜産排水を処理した1年後でも変わらない水質を維持していました。
中野准教授は「人工湿地では、酸素という制限要因を人工的に解除してもなお、季節による温度や台風などによる降水量条件の変化が新たな制限因子となります。しかし、自然の条件に性能が影響されることは、太陽光発電や風力発電と同様です。そのような自然の制約による限界を我々が許容し、どこまでなら技術を使えるのか、その限界を見極めることが研究者としての役割です。むしろ、我々自身が適応する必要性があるのかもしれません」と話していました。
参加者の声
「自然の力を生かす実例に触ることができた」
山本朋範さん(生命科学研究科)
今回見学した人工湿地は、『水があって歩くのも苦労するような場所』といった自然の『湿地』のイメージとは全く違っていながら、『湿地』の機能をシステマティックに活用できるよう設計された人工的な施設でした。昨今、生物多様性の重要性や、エネルギーを使うよりも自然にあるものを活用した方が良いといった議論がある一方で、実例はあまり多くないように感じています。 そんな中、具体的な実例に触れることができ、『こんな形もありなのだな』と新鮮に思いました。
生態学者としては、各人工湿地に植栽した植物が、なぜヨシなのかが気になります。ヨシが湿地に適応しており、水質浄化能力に優れているからだとはもちろん思うのですが、現場で何もしなくても自然に生えてくるような植物で、パフォーマンスを検討するような実験があっても良いのではと思いました。
また、さらに実用化を目指す上で、例えば害虫などが問題になりそうな夏期などに見学会が設定されると、実用化にむけてほかの課題も見ることができて、より良いのではないかと思いました。
2.細倉金属鉱業株式会社・三菱マテリアル株式会社の見学
続いて一行は、細倉金属鉱業株式会社と三菱マテリアル株式会社の協力のもと、宮城県栗原市にある2社を訪問し、坑廃水処理施設や旧鉱山敷地の緑化事業など同社の環境保全に対する取組みを見学しました。
細倉鉱山は、約1200年前に発見されたと言われ、以来国内有数の鉛・亜鉛鉱山として稼行されてきましたが、昭和62年、急激な円高を背景に閉山。その後、鉛製錬施設を活用した自動車用及び産業用廃バッテリーの鉛リサイクル事業に変貌し、現在に至っています。
しかしながら、旧鉱山の坑道からは今日でも、鉛、亜鉛、カドミウムなどの重金属を含む酸性の水(坑廃水)が湧出しています。そのため、細倉金属鉱業株式会社では、坑廃水が周辺環境に問題を及ぼさないよう重金属を除去しなければならず、坑廃水処理施設ならびに同施設から発生する殿物を沈殿たい積する藤沢集積場の操業管理や旧鉱山施設の維持管理を行っています。
また、三菱マテリアル株式会社環境技術研究所では、主に細倉鉱山周辺の公・鉱害防止や、過去の鉱山操業により損なわれた自然環境修復などの調査・研究を行っており、その一環として森林を回復させるための植樹活動も推進しています。
一行は、細倉金属鉱業株式会社にて、同社環境保全課の高橋孝幸さんらから坑廃水処理のしくみなどについて講義を受けた後、坑廃水処理場やたい積場、旧鉱山敷地の緑化事業などを見学しました。
【写真】坑廃水中の重金属を消石灰によって沈殿処理するしくみを説明する化学実験のようす。重金属を含む酸性の坑廃水に消石灰を添加してアルカリ性にすると、不飽和な水酸化物が析出する。さらに凝集剤(沈降剤)を加えることで沈澱しやすくしている。
【写真】鉱山跡地から流れる坑廃水と鉛製錬廃水を含め、年間約700万トンもの廃水を処理している。
細倉金属鉱業株式会社見学後、一行は三菱マテリアル株式会社環境技術研究所にて、同研究所長の鹿島亨さんらから、農用地土壌汚染対策技術の開発研究や坑廃水処理技術の開発など事業内容について説明を受けました。
学生からは、「鉱山を掘ると、重金属が出てくるのはなぜですか。掘る前は出てこないのですか」「鉱山から出てきた重金属は、金属として利用できないのですか」「負の遺産を永遠に抱えることはできるのですか。先々どうなるのですか」などといった質問がありました。
鹿島さんは「一度穴を掘ると、その割目から水が流れ込むため、その過程で重金属が溶かし出されます。穴をコンクリートで埋めれば良いのですが、細倉鉱山の坑道は、総延長600km以上もあるため、それは現実的な方法ではありません」「重金属を回収して製錬する費用を考えれば、レアメタルなど価値が高い希少金属があれば話は別ですが、コスト的に見合いません」「国内で廃水処理が必要な鉱山は約300あります。細倉のように鉱業権者が存在する場合は坑廃水処理をしなければいけませんが、鉱業権者不在の鉱山は、国や自治体などが税金を使って廃水処理をしているのが実情です」などと答えていました。
参加者の声
「現実を見たな、という感じ」
津田真樹さん(生命科学研究科)
今回、鉱山での坑廃水処理や旧鉱山敷地での緑化への取組みなどを見学し、「現実を見たな」という感じがしました。当時は必要なことだったと思うのですが、その後も企業が自分たちのやった仕事に対して責任を取るとはどのようなことなのかを目の当たりにし、企業の人は偉いと思いました。その一方で、鉱山緑化に関しては、植生を回復させるための植林活動自体には賛成ですが、遺伝子撹乱まで考えると、どのような種類の木をどのように植えるかは難しい問題だと感じました。今後、遺伝子撹乱に関するガイドも必要ではないかと思います。具体的にどのような種類の木をどのように植えるかは科学者も努力すべきですし、市民や企業の人には「科学者の意見も聞こう」という姿勢が欲しいですね。
また、人工湿地については、メンテナンスフリーで、コストもエネルギーもかからずに水質浄化できる点に魅力を感じました。これまでの科学・技術はたくさんのエネルギーを使う発想でしたし、地方自治体も下水処理にたくさんのコストをかけています。しかし、これからは自然エネルギーを活用するなどして、再生可能な方向へシフトする必要があると思います。そのためには、人工湿地のメリットをもっとPRできれば良いと思います。
「環境技術で世界を牽引していく必要性を実感」
木村幹子さん(生命科学研究科)
閉山後の鉱山は、もう生産はしないのに未来永劫水処理の責任を背負っていかなければならないのだなと実感し、末恐ろしくなりました。今は単なる負担でしかありませんが、それを何とかできないものかと思います。技術の進歩によってコストを抑え、また環境問題に対応できる技術開発を進めることで、少しでもその負担を軽減としようという、研究者の方々の意思を感じました。そのような技術によって、世界をけん引することができれば良いと思います。
備考
同社では、人工湿地を用いた鉱山廃水からの重金属除去をテーマに研究を行っています。詳細については、下記データをご参照ください。
・鉱山重金属含有酸性廃水の発生メカニズムおよび人工湿地法適用の可能性について(word形式)(三菱マテリアル株式会社環境技術研究所 荒井重行様 ご提供)
コラボレーション
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