取材・写真・文/大草芳江
2010年07月09日公開
新しいものをつくること、新しいものを知ることを、楽しむ
中澤 高清 Takakiyo Nakazawa
(東北大学大学院理学研究科教授)
1947年、島根県松江市生まれ。1976年東北大学大学院理学研究科博士課程単位習得退学。理学博士。1976年東北大学理学部教務系技官、1979年同学部助手、1986年スクリップス海洋研究所客員研究員、1987年東北大学理学部助教授、1989年宇宙科学研究所客員助教授、1993年国立極地研究所客員助教授、1994年東北大学理学部教授、1998年東北大学大学院理学研究科教授、1999年東北大学大学院理学研究科大気海洋変動観測研究センター長、1999年地球フロンティア研究システムグループ リーダー、2010年海洋研究開発機構招聘上席研究員、現在に至る。日本気象学会賞、山崎賞、日産科学賞、地球温暖化防止活動環境大臣表彰(学術部門)、三宅賞、島津賞、紫綬褒章。
「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします
今では知らない人はいない地球温暖化。
まだ地球温暖化に対する認識が薄かった約30年前から、
世界に先駆けて温室効果ガスの研究に取り組んできたのが、
2009年秋の紫綬褒章を受章した中澤さん(東北大学教授)だ。
「人間が地球を動かし、地球もそれに応答している」と
地球規模の変化を強く実感する中澤さんだが、
「正直、10年くらい研究すればわかると思っていた(笑)」
予想は見事に裏切られるほど、地球は広大で複雑だった。
そんな中澤さんという「人」のリアリティーから見える、
科学とはそもそも何かを探った。
<目次>
ページ1:目的はとても身近、だからおもしろい
ページ1:時間的・空間的にどんどん動いている
ページ1:人間が地球を動かし、地球もそれに応答している
ページ1:当時、地球温暖化は注目されていなかった
ページ1:地球温暖化の研究をはじめたきっかけ
ページ1:新しい学問の展開を図りたい
ページ1:誰も手をつけていない状態
ページ1:あなたらは、キーリングにだまされている
ページ2:温室効果ガスの「循環」を地球規模で明らかにしたい
ページ2:温室効果ガスによって変化した気候が、循環をくるわせる
ページ2:気候が変わると、海も変わる
ページ2:将来予測のために必要な基礎データを提供
ページ2:対策を打つために必要な知識となる基礎データも提供
ページ2:やればやるほど、地球の複雑さがわかってきた
ページ2:20年以上、アメリカのグループと酸素のデータを交換中
ページ2:国際協力でやらないとできない
ページ3:時間と空間をカバーする研究室は世界でここだけ
ページ3:我々は大学なので
ページ3:無料で世界中を観測する方法を考えつく
ページ3:2年くらい、何回も交渉に通った
ページ3:一番最初にネットワークをつくってしまった
ページ3:氷の分析は、我々にしかできない
ページ3:一番最初にネットワークをつくってしまった
ページ3:なぜ、そんなことがただなんだ?
ページ3:椅子に座っていても、しょうがない
ページ3:失敗するのも、良いこと
ページ3:自分が関心を持ったら、積極的に行動してみる
ページ3:新しいものをつくること、新しいものを知ることを、楽しめることが大事
ページ4:学生インタビュー
東北大学大学院理学研究科教授・中澤高清さんに聞く
目的はとても身近、だからおもしろい
―中澤さんがリアル感じる科学って、そもそも何ですか?
科学というものは、自然を対象にして、それがどのようにできているのか、そのしくみを理解する学問だと私は思っています。
私たちがやっている地球科学・地球物理は、我々がこの地球に住んでいるということで、馴染みのある科学だと思います。
特に、私たちは、気象学を中心とし、地球温暖化に関わる研究をやっています。研究の目的は、温暖化がなぜ起こり、将来どのようになるのか、それに対応するためにはどのようにしたらよいか、といったことに必要な科学的知識を与えることです。
もちろん学問は、すぐに役立たなければならないというものではありませんが、私たちの研究は、近い将来の人間の生活と深く関係しています。そのような意味で、非常におもしろいと思います。
時間的・空間的にどんどん動いている
―分野も目的も身近とのことですが、研究のプロセスで何か強く実感することはありますか?
それは、ありますよ。30年ちょっと前に、私たちは温室効果ガス(二酸化炭素やメタン、一酸化二窒素など)の研究を始めました。観測してそのデータを解析していると、(地球が)変化していることを、強く感じます。
時間的な変化もそうですが、空間的な変化もそうです。どんどん動いていると感じますね。
例えば、数百年くらいの時間スケールで考えますと、二酸化炭素やメタンの濃度は、人間が活動していなければ一定になっているはず。けれども最近は、時間的に右肩上がりでどんどん増えています。また、二酸化炭素やメタンの濃度は、北半球で高く南半球で低いのですが、南北の濃度差がどんどん大きくなっています。
私たちは、そのようなことがなぜ起こっているのかを知るために、観測をやり、モデルを使って解析をしながら、研究しているわけです。
人間が地球を動かし、地球もそれに応答している
―そのような研究から何が分かったのですか?
例えば、二酸化炭素は、地球上のあるところから出て、あるところで吸収されています。その吸収源や放出源は、かつては海と陸上生物でした。ところが今は、人間の影響が加わり、それぞれの強さが少しずつ変化しています。
海を見てみますと、今から約20~30年前は、南極海が全海洋の半分あるいは3分の1の人為起源の二酸化炭素を吸収していると言われていました。ところが最近、国際チームをつくって観測をやり、モデルで解析した結果、どうもそうではなく、人間の活動による気候変化のためにだんだん吸収が減っているらしいことが見つかりました。
また、低緯度では、森林伐採のために大量の二酸化炭素が放出されており、一方、人間の活動によって陸上植物の生育環境が変わり、北半球の中高緯度の森林は二酸化炭素を吸収していることが、最近わかってきました。
このように、新しいことが、次から次へとわかってきているのです。吸収源や放出源の時間変化に加えて、空間的な変化の様子もだんだんわかってきましたね。
人間が広大な地球を動かし、地球を変化させている。そして、地球もそれに応答していますね、確実に。
当時、地球温暖化は注目されていなかった
―新しいことが次から次へとわかってきたとのことですが、逆に言えば、中澤さんが研究をはじめた当時、地球温暖化についての研究はあまり進んでいなかったということですか?
私が研究を始めた30年前と比べたら、研究は大変進みましたよ。実を言うと、歴史的には1950年代に、二酸化炭素や気候モデルなどの研究はスタートしていたのです。
1900年から1947~8年にかけて、地球の温度は、ぐっと上がっているのですよ。それでパイオニアの人たちが、ひょっとしたら(地球温暖化が)起こっているかもしれないと考えたわけです。
ところがその後、地球の温度が上がらなくなり、1970年頃までほぼ横ばいだったのです。それで皆、二酸化炭素による温暖化は嘘だろうと思って、研究を熱心にしなくなりました。実際には、それから(温度は)上がり出したのですが。
私が研究を始めた頃、日本では、誰も研究していませんでしたし、世界でも数少なかったですね。
温室効果ガスの研究をはじめたきっかけ
―ではなぜ、中澤さんは温室効果ガスについて研究しようと思ったのですか?
私は大学院生の頃、「大気放射」の研究をしていました。マスター(大学院修士課程)の時に山本義一先生の研究室に入り、山本先生が定年退官された後は、 田中正之先生が教授になられて、田中先生のもとで研究を続けました。
ドクター(博士号)は大気放射学の研究でとったんですよ。ところが、大気放射学という学問は、気象学の中でも基礎的な学問。その中でも私は、さらに基礎的な研究をしていました。その当時、日本には気象学講座って、そんなになかったのです。
ですから大学院の5年間が終わり、田中先生から「職員になるか?」と聞かれた時、「東北大の職員になったら、このままじゃいかん。もうちょっと幅広いことをしなければ」と思ったんです。
そんな時、チャールズ・デービット・キーリングというアメリカの研究者が出版した、南極点とハワイ・マウナロア山での11年間分の二酸化炭素濃度データについての論文を、偶然、図書館で見つけたのです。
新しい学問の展開を図りたい
―大気放射学の研究をしていた当時の中澤さんの目に、キーリングの論文はどのように映ったのでしょうか?
太陽から地球にエネルギーが入ってきて、地球はそれを反射したり散乱したり吸収したりします。一部のエネルギーは宇宙に戻っていきますが、残りのエネルギーで暖められた地球からは、赤外線としてエネルギーが出て行きます。
そのバランスで、地球の温度は基本的に決まっています。私がやっていた研究は、気体による赤外線の吸収に関する部分でした。赤外線の吸収にとって重要な二酸化炭素がどんどん増えていると、キーリングは言っているわけですので、いずれ気候に大きな影響が現れるはずです。
私は、このまま大気放射学を続けていくよりも、少しシフトしたところに研究を向けた方が、新しい学問の展開が図れるのではないかと思って、二酸化炭素の研究をやりだしたわけです。
それには、研究室のセミナーに顔を出されていた山本先生(当時、宮城教育大学学長)の「重要だから、やってみたらどうか」という強い勧めもありました。つまり、研究開始の引き金は、キーリングの論文でした。
誰も手をつけていない状態
―とは言え、地球の気温は横ばいでしたね。
1977年に田中先生を代表者として、日本で初めての二酸化炭素に関する文部省科研費が採択され、研究を開始しました。当時はもちろん、二酸化炭素の専門家はいなかったので、関連する分野の人たちが集まりました。私に与えられた課題は、「大気の二酸化炭素の変動を観測せよ!」。
当時は、日本の研究者たちは関心がないし、世界的にも研究者の数は少なかったですね。私が研究を始めた頃は、二酸化炭素の観測点は世界に12~13点くらいしかなかったですね。それのほとんどは、キーリングが持っていたものでした。
また、日本の気象庁に相当するアメリカのNOAAや、オーストラリアのCSIRO、カナダ環境庁なども前後して観測をスタートした、という状況でした。
ですから、私たちが研究を始めた頃は、ヨーロッパからハワイくらいまで、誰も手をつけていない状態。だから、もう、やりたい放題ですよ(笑)
あなたらは、キーリングにだまされている
―研究を始めた当初、ご苦労も多かったのではないでしょうか?
現在、二酸化炭素のほか、メタンや一酸化二窒素が増えていることは誰でも知っていますが、当時は、メタンや一酸化二窒素の増加なんて誰も知らなかったのですよ。日本でも「二酸化炭素が増えている」というキーリングの主張を、「嘘だ。あれは自然現象だ」と言っている研究者もいました。
今でも、いわゆる反温暖化論者の人たちはいますが、当時は関連分野でしっかりとした研究をされていた先生からも「あれは嘘だよ」、「あなたらは、キーリングにだまされている」と言われましたよ(笑)
当時はレコード(記録)も短く、変化も小さかったから、そのように感じたのでしょう。その後、我々も含めて、南極の氷なども分析し、本当に大きく変化したことを証明しました。ですから今は、研究者の人たちは「自然現象だ」とは言わないですね。
当時のデータと最近のデータを比べると、量も質も全然違いますし、解析の手法もずっと高度になっていますね。特に、1990年代に入ってから、温暖化に関連した研究は大変活発になり、温室効果ガスの増加が人間によるものであり、先ほどお話したように、放出源や吸収源の強さや分布が時間とともに変化していることも分かるようになりました。
コラボレーション
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