時間と空間をカバーする研究室は世界でここだけ
我々は、現在の大気だけを相手にしているわけではなく、過去のことを知るために、南極やグリーンランドで氷を掘って、それを分析し、72万年くらい前から現在までの変動を調べてきました。
例えば、過去72万年を復元にしたいときは、氷を3000メートル以上掘り、過去300年を正確に復元したいときは、雪がたくさん降る場所で200mくらい掘って、それを分析します。
ですから、ちょっと冗談めかして、我々の研究を、「時間軸は、過去100万年から将来100年先まで。緯度は、北極から南極まで。高度は、下は-4キロから上は35キロまで」って言っていますよ(笑)
要するに、時間と空間を徹底的にカバーしちゃおう。そういうことを、一つの研究室でやっているのは、世界にも例がでないですね。
我々は大学なので
―なぜ他の人にはできないのでしょうか?
外国の研究者たちは、テリトリーを守る人が多いですね。例えば、温室効果ガスの観測と言うと、それだけであり、しかも分担者が決まっている場合が多いですね。この人は二酸化炭素、この人はメタンというように。
ところが我々は大学に勤務しており、たえず変わって行く学生と一緒に研究を行いますので、次から次へと研究を拡大していったわけです。
―時間と空間を広くカバーしていると先ほど仰っていましたが、それだけ多くの観測所を持っているということですか?
我々は大学ですから、観測所をつくるのは全く不可能です。もしかすると一箇所くらいならば文科省も「うん」と言ってくれるかもしれませんが、さっき言ったように、地球はとてつもなく広いですから。やっぱり面的、立体的に調べていかなければダメです。
無料で世界中を観測する方法を考えつく
―では、観測所もお金もないのに、どうやって世界中を調べているのですか?
まず地上については、極地研究所と協同して、南極や北極で観測しました。つぎに、船会社に頼んで、商船に空気をとる装置をのせ、飛行機会社に頼んで、飛行機で上空の空気をとることをしました。
―観測専用の飛行機ではないのですか?
飛行機は、普通の民間機ですよ。機体の空調システムを利用して外の空気をとり、研究室で分析をするということを、1979年から今日までずっと続けています。また、船会社にもお願いして、北米航路やオーストラリア航路などに就航している多くのコンテナ船を使わせてもらいました。
―なるほど。船や飛行機は決まった航路を定期運行しているから、それなら観測所がなくても定点観測ができますね。
そういうやり方を考えついたのは良かったのですが、地球温暖化が世の中で知られてない頃でしたので、交渉するのが、すごく大変でしたよ。何回も何回も交渉に行きました。全 然だめなこともありました。
2年くらい、何回も交渉に通った
ある飛行機会社は、交渉に行ったら「前例がありません」と、あっという間に断られました。「うちはお客を運んでなんぼの会社だから、そういうことには協力できない」って、それだけでしたね。
それで今度は、別の会社へ交渉に行きました。当時小さな会社だった東亜国内航空です。仙台空港の整備士の人が、図面を調べ、実際の機体で確認し、「やれますね。外の空気、とれますね」と言ってくれたのです。
その整備士の人が、本社の運航本部長を紹介してくれました。その人は、パイロットから取締役になった人で、「研究ですから、協力しましょう」と言ってくれました。このようにして、日本の上空(の観測)を始めたんです。
観測をやっているうちに、日本の上空でも緯度によって様子が違うことがわかってきました。北は北極まで、南はオーストラリアまで観測したい。それで今度は、色々な人のつてをたどって交渉すべき窓口を探しだし、日本航空に行きました。当時は ロシアの上を飛べなかった時代です。皆、アンカレッジ経由でヨーロッパに行っていました。
そもそも温暖化するなんて、まだ一般の人は誰も知らない時代でしたから、日本航空からは「非常に難しい」と言われました。でも、2年間くらい通いましたね。すると担当課長が「じゃあ、いいよ、2年間だけ協力してあげるよ」と言ってくれました。
現在、日本航空は環境に関して理解が深く、その保全活動に大変努力しておられますね。そして東亜国内航空も、日本エアシステムに代わって、現在は日本航空になっていますが、今でも、きちんと対応して頂いています。
それから、船会社もそうでしたね。当時の運輸省に電話し、日本郵船を紹介してもらい、対応してくれた社員の方に「地球が温暖化するかもしれません」と言ったら、笑っていましたけどね(笑)。でも最後は「わかりました、協力しましょう」と言ってくれて、この船舶観測も今日まで継続しています。
このようにして観測を地球規模に展開していきました。もちろん、海外の研究者とも共同して、地上観測や航空機観測、大気球観測などもたくさんやってきました。
氷の分析は、我々にしかできない
氷の分析を始めるときも大変でした。温室効果ガスの循環を理解するためには、現在だけでなく、過去の変動を知る必要があります。そのためには、南極やグリーンランドの氷の中から昔の空気を取り出して、測定したら良いことに気づきました。
我々は氷そのものを掘ることは、当時、全くできなかったので、極地研究所を訪ね、雪氷学の研究者たちに、「氷、くれませんか?」 と言ったら「えっ?!」って顔をされて。
それでも、現在、極地研究所長を務められている藤井さん、当時、助教授だったのですけど、彼と長い時間をかけて話し合ったんです。すると「じゃあ、南極の氷を少しあげるから、それでうまくやれることを見せてくれ」と言ってくれました。
それから、氷から空気を取り出し、そのわずかな量の空気の温室効果ガスを高精度で測定する技術を、試行錯誤を繰り返しながら、完成させました。頂いた氷を分析し、「いい結果が出ましたよ」と報告したら、彼が「うーん」と唸りながら「これはすごい。いいよ、あとの氷も分析して」と言ってくれたのです。
氷の分析からは、新しい事実が次から次へと見つかり、大変面白いものです。しかし、極めて高度な技術を必要とするために、現在でも、まともな結果が出せる研究グループは世界でも数グループであり、日本では私たちだけです。
一番最初にネットワークをつくってしまった
―中澤研究室は、世界でも他にないくらい、幅広い研究をやっていると仰っていましたが、それができている前提、強みは何ですか?なぜ他のところは真似できないのでしょうか?
今では、日本の中でも(温室効果ガスの研究が)活発になっています。国立環境研究所、極地研究所、産業技術総合研究所、気象庁、気象研究所、海洋研究開発機構のほか、大学でもやられています。
それらの中心メンバーの多くは、東北大学の出身者です。我々の研究室が温室効果ガスの研究に早くから取り組んでいたので、即戦力のある人材として採用してもらえ、力を発揮しているのだと思います。
一見すると、所属機関が異なるので、研究室の出身者がライバルに見えるかもしれませんね。もちろん、彼らは所属機関としての独自の研究もやっていますが、多くの研究を我々と共同して進めています。
このように、観測のネットワークだけではなく、人的なネットワークも作りましたので、幅広い研究ができるのだと思います。
なぜ、そんなことがタダなんだ?
アイデアや人的なネットワークだけでなく、日本人が伝統的に学問に敬意を払うという特性を持っていることも、大きな要因だと思っています。
―その日本人の特性は、海外と比べると、全然違うとお感じですか?
全然違います。むこうでは、お金が重要ですよ。僕ね、1980年半ばにキーリングに呼ばれて、彼の研究室に1年ちょっといたことがあるんです。そのときに彼から「なぜ、こんなに大きく展開ができるんだ?一体、お前はいくら金を払っているんだ?」と聞かれました。「全部タダだ」って答えたら、「なぜ、そんなことがただなんだ?」とすごく驚かれました。
船会社や飛行機会社に行って「将来、地球の気候が変わるかもしれない。その基礎になる研究をやりたいので協力してもらえないか」とお願いしたら、「学問のためなら、協力してあげましょう」と言ってくれた、と説明しましたところ、二度びっくり。
また、温室効果ガスの濃度を正確に決めるためには、基準となる「標準ガス」が必要なのです。我々が観測を始めるころには、まともな標準ガスが日本にはなかったので、それからつくったのです。その時も、日本酸素の工場長が非常に熱心に対応して下さり、「新しいものを作ることに協力できることは、当社の名誉です」と、費用をタダにしてくれたと話したところ、肩をすぼめていました。
現在は、利益につながらないことは日本の会社もやりたがらなくなってきていますが、学問に敬意を払い、すぐにお金という対価を求めないという、日本人が持っている国民性に感謝しています。
椅子に座っていても、しょうがない
―中澤さんが、研究室や大学の枠を超えて、やりたいことを実現していった結果が、他の人には真似できない展開となっているのですね。
そうです。僕は、研究室の中に、じーっと、とどまっているタイプじゃないんですよ。必要ならば、ためらわずどこにでも出かけますし、交渉にもいきますし。
私たちの研究にとっては、そのようなやり方が、結果としてはよかったですね。観測のネットワークも、人のネットワークもきちんとできました。
海外の研究者も「日本にはあいつがいる」と、誘いをかけてくれますし、こちらから「データ、使わせてくれ。共同研究をやろう」と申し入れると、すぐに対応してくれます。
特に、地球科学・地球物理にように、空間的に広い、時間軸の長い現象を相手にする場合、研究室でいつまでもじーっと椅子に座っていても、しょうがないですよ。もちろん、座っていなければならない時もありますけどね。
失敗するのも、良いこと
―中澤さんが、既存の枠にしばられず、「こういうものをやりたい」と思ったものを形にしていった結果が、今の成果につながっていることが伝わってきまし た。
僕は、優等生タイプじゃないです(笑)。自分が必要と思ったら、何でもやってみるというタイプです。子どもの頃から、そういう性格だったようですね。
何かが起こるのを待つのは、好きじゃないですね。自分で起こす方がいい。だいたい、待っていても、何も動きはしないです。考えついたら、実行した方がよい。それで、だいたい、失敗するんですよ(笑)。失敗したら、もう一回、やり直すんです。
失敗するのも、良いことなんですよね。失敗すると、悔しいから、また考えるんです。こういう風にやれば、うまく行く、って。失敗すると、考える材料を与えてくれるでしょう。
反対に、苦労せずうまくいったことは、印象に残らないですし、後々の材料にならないですね。当たり前だと思っちゃうから。失敗して、深く考えて、 「ああ、なんで失敗したのだろう」と考えるのが、良いと思いますね。
自分が関心を持ったら、積極的に行動してみる
―最後に、中高生も含めて、後輩へメッセージをお願いします。
やっぱり大事なことは、自分を前向きにして、関心を持ったら、積極的に行動してみることだと思います。それは要するに、新しいことを知るとか、新しいことをつくりあげるとか、そういうことを楽しむようにしないとダメだと思いますね。
「苦しい、苦しい」と思ったら、全然おもしろくないです。前向きにいつも考えて、積極的に行動して、新しいことを知ることができることを、楽しみに感じないとね。
これは、研究に限ったことではないと思いますね。学校でも、会社でも、与えられて「つまらん、つまらん」と言いながらやるのではなく、積極的に「こういうことをしてみたらどうだろう」と、絶えず自分を前向きに仕向けることが大事じゃないかと思います。
新しいものをつくること、新しいものを知ることを、楽しめることが大事
やっぱり新しいものをつくるとか、新しいものを知ることを、楽しめることが大事。プロセスが苦しいことは確かだと思いますけど、最後の一点でニヤッと笑えるかどうか。今でも、思い出しますね。大学院生の頃の日曜日、あんなことを思っていたな、と。
車もテレビも、何も持っていなかったから、行くところは、学校しかない。ほぼ365日、研究室にいました。日曜日に晴れると、ものすごく嫌でしたね。皆楽しそうにしているのに、なんで自分だけがこんな薄暗い部屋に一日中いるのかって。しかも、研究はうまくいかない。
それでも、少しずつ研究が進み、完成すると、やった!という気分になる。それが、これまで研究を続けてきた原動力だと思います。「新しいことを知りたい!やりたい!」と。
まぁ、大学生の頃は、あまり真面目じゃなかったですね。山岳部の方が忙しくて、勉強はほとんどしなかったですね(笑)。けれども、集中することと、気持ちの切り替えを上手すること、計画を立てて実行すること、決断したらためらわないこと、などを身につけましたね。
年をとって退職したら、また山に行こうと思っていたのですけどね。ただ病気になって、足が悪くなってしまい、医者から山には登るなと言われているんです。その時がきたら、また別の趣味を見つけますよ。
―「自分が興味を持ったことなら、積極的に行動してみる」中澤さんのスタンスなら、すぐに新しい趣味も見つかりそうですね。中澤さん、本日はどうもありがとうございました。
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