取材・写真・文/大草芳江
2010年02月05日公開
泥臭いことをいとわずにやれる物理好きが、
幸運にめぐりあえる
平山 祥郎 HIRAYAMA Yoshiro
(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 教授)
1955年生まれ。東北大学大学院理学研究科物理学専攻教授、工学博士。1978年東京大学工学部電子工学科卒業、1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。NTT基礎研究所、物性科学基礎研究所の主任研究員、主幹研究員、特別研究員、部長、グループリーダーなどを経て、2006年より現職。この間、1990~1991年マックス・プランク固体研究所客員研究員、2001~2002年北海道大学客員教授、2005年~2006年東北大学客員教授、2007年~JST-ERATO核スピンエレクトロニクスプロジェクト研究代表者など。
「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします
「うまくいかないことの方が多いんです。けれども、うまくいかなかったときこそ、
その副産物として新しい話が出てくる。むしろ、そこにおもしろみがあるのです」と、
研究の醍醐味を語る平山さん。
「核スピン」が重要な役割を果たす新たなエレクトロニクス分野の開拓を目指し、
次世代のコンピュータと言われる「量子コンピュータ」にもつながる研究と期待され、
国の事業にも採択されている平山さんらの研究プロジェクト「核スピンエレクトロニクス」。
実はこの「核スピン」の話も、想定外の実験結果から生まれた副産物なのだそう。
それがなぜ、成果にまで結びついたのか。
平山さんの研究スタンスから、「科学とはそもそも何か」を探った。
<目次>
ページ1:科学とは、新しいものをつくること
ページ1:うまくいかないところの方が、実はおもしろい
ページ1:コンピュータの中にも、わかってないことがたくさん
ページ1:新しい原理で動くコンピュータができないだろうか
ページ1:電子と電子スピンと核スピン、三つ巴の相互作用を見てやろう
ページ1:「核スピン」が表に出る新しい分野を切り開きたい
ページ2:核スピンを使った「量子コンピュータ」をつくりたい
ページ2:古典の世界と、量子の世界
ページ2:「量子コンピュータ」とは
ページ2:核スピンをうまくコントロールして、量子ビットをつくりたい
ページ2:ナノ構造で高感度の核スピンコントロールができることが強み
ページ3:実は、今お話した核スピンの話も、副産物
ページ3:うまくいかなかったことから、新しいことがわかる例はたくさん
ページ3:転んでもただでは起きない
ページ3:好きこそ物の上手なれ
ページ3:科学の理論は、新しい実験結果を説明するためのもの
ページ3:質的に新しいものは、全く新しい話をつくってくれる
ページ3:「こうすれば、こういう正しい方向に行くんだ」って言えない
ページ3:泥臭いことを厭わずにやれる、それこそ物理好きだ
ページ4:学生インタビュー:大学生・大学院生のリアルな「今」を聞く
東北大学大学院理学研究科教授の平山祥郎さんに聞く
科学とは、新しいものをつくること
―平山さんが最もリアリティーを感じるところから見える、
「科学って、そもそもなんですか?」
私は科学を、新しいものをつくることだ、
と基本的には思っています。
よく工学と理学が区別されますが、
私はそれが好きじゃありません。
基本的には物理も、
新しい原理から新しいものができて、
また新しいものから新しい原理が出てくる。
まるでいたちごっこのように、
新しいものと新しい原理は、
常に結びついているじゃないですか。
私は工学的な発想が強いのかもしれませんが、
自然の原理を探求し理解するだけでなく、
新しい考え方、あるいは新しいものをつくっていくことが、
私は科学だと思っていますね。
そして、やっぱり一番おもしろいことは、
世界で初めてのものができたり、
世界で初めての原理が出たとき。
それは、それなりに大きかったり、
小さかったりするのですが。
うまくいかないところの方が、実はおもしろい
もうひとつ、本当にすごくおもしろいのは、
予想外のことが出てくることですね。
私達の研究分野でもそうですが、
理論で既にわかっていることを実験的に再現しても、
やっぱり、つまんないわけです。
そうではなくて、
「こういうことをやったら、
ひょっとすると理論とはちょっと違う、
こんな話があるかもしれないぞ」
あるいは「理論ではこう言われているけれども、
実験ではまだ誰も見ていない、
こんなことがあるかもしれないぞ」
そう思ってやりはじめると、
大抵、うまくいかないのです(笑)。
けれども、そのうまくいかないところの方が、
実はおもしろくって。
―なぜ「うまくいかないところの方がおもしろい」のですか?
そこに、理論屋さんが考えていなかったような
原理があるかもしれないからです。
むしろ、そういうものが出てきたときの方が、
インパクトが大きいし、おもしろい。
実際にやってみると、
狙ったところでは狙ったものが出てこないで、
ちょっと違ったところで出てきたりするんです。
すると、理論屋さんも
「今までの考え方とはちょっと違う考え方が必要だな」となって、
そこからまた新しい理論、そして新しい実験が出てくる。
その繰り返しが、私達の分野を発展させているわけです。
コンピュータの中にも、わかってないことがたくさん
―具体的にはどのような場面で、そのようなことを感じるのですか?
私の研究分野は、半導体の物性なのですが、
1950年代頃から物理の研究として始まった
半導体の研究そのものが、まさにそれを代表しています。
思った通りにいったり・いかなかったりを繰り返していくうちに、
新しいやり方、新しい発見、新しい物理が続き、
集積回路という考え方が出てきて、
今はデバイスにまでなっています。
例えば、今お使いのコンピュータの中には、
半導体のデバイスがたくさん使われています。
で、よく学生さんや中高生の皆さんなんかは
「もうコンピュータにまでなっているのだから、
その中に入っている素子なんて、
全部わかっているんだろう」って思っちゃっている。
そういう人が多いと思うのですが、
でも実は、違うんです。
半導体の多くはシリコンでつくられていますが、
「そのシリコンについて、本当に物理で100%わかっているか?」
というと、まだわかっていないことがたくさんあるんですね。
そのようなわかっていないことの中に、
次につながる種が、
まだまだたくさんあると私は思っていまして。
そういうもののうち、
物理寄りの研究をしているわけです。
新しい原理で動くコンピュータができないだろうか
―今の半導体デバイスで「まだわかっていないこと」とは何ですか?
まずは、今の半導体デバイスが
どんな原理で動いているかと言うと、
電子の流れをコントロールしているんです。
要するに、電子がいるか・いないかとか、
電子が流れているか・流れていないか。
基本的には、これを見ているだけなのですよ。
具体的には、電子がいれば「1」・電子がいなければ「0」とか、
電子が流れていれば「1」・電子が流れていなければ「0」。
これで、「1」と「0」のロジックを
つくって動かしているんですね。
そして基本的には、電子が1個流れていても1万個流れていても、
それは結局、電子1個の物理の延長線上なんです。
要するに、電子1個だけを考えれば、
後はそれを1万倍すれば良いという考え方。
今使われているデバイスは、全部その原理で動いています。
ところが現実には、電子はチャージ(電荷)を持っています。
これを「クーロン相互作用」と言いますが、
電子が傍に寄れば、お互いに反発するわけですね。
さらに電子は「スピン」という自転の性質を持っていて、
スピンとスピンは、磁石と磁石のように相互作用するんです。
けれども、そのような話は、
今のデバイスには全然入っていないんですよ。
―電子のチャージやスピンの相互作用が、実際に見えてくる場面はあるのですか?
半導体で非常に高品質なものをつくったときや、
ナノテクノロジーを使ってナノ構造をつくったりするとき、
実際にそれらが特性として見えてくるんですね。
けれども、それらを実際に見るためには、
室温ではなかなか見れません。
そのため、絶対零度に非常に近い低温が実現できる
特別な実験装置を使って実験しなければなりませんが、
そういうものが見えてくるわけです。
―「まだわかっていないこと」の中にある「次につながる種」をどのようにとらえていますか?
それらの相互作用が、
どのように起こっているのだろう?
どんなときに起こって、
どんなときに起こらないのだろう?
そのような研究はたくさんやられていて、
既にわかったこともあります。
けれども、わかっていないことも、
まだまだたくさんあるんですね。
その中で、わかっていないことを
わかるようにしたい。
そして、それらの相互作用などを使って、
今のコンピュータの素子とは違う、
新しい原理で動く素子はできないだろうか?
もっと大きな夢を言えば、
新しい原理のコンピュータができないだろうか?
それらが今、私達の研究グループでやっている研究内容ですね。
電子と電子スピンと核スピン、三つ巴の相互作用を見てやろう
―他の研究室との違いは何ですか?
電子と電子の相互作用までで
普通は終わっちゃうのですが、
その中でも私たちの研究グループは、
ちょっと特殊なんです。
半導体でも何でも、
原子からできているわけですね。
原子は当然、
原子核を持っているわけです。
そして原子核も磁石の性質を持っていて、
それを「核スピン」と呼びます。
―「核スピン」とは何ですか?
「核スピン」と聞くと、
ちょっと怖いイメージがあるかもしれません(笑)
けれども実際にはそんなことはなくて、
例えば病院で「MRI(核磁気共鳴画像法)」ってあるでしょう。
あれは結局、体の中での
核スピンの反応を見ているわけです。
化学の世界では
「NMR(核磁気共鳴)」がありますね。
NMRは、分子構造を見るための
高感度な検出器として使われています。
これらと同じように、半導体の原子も
核スピンを持っています。
実は、核スピンと電子スピンも相互作用し、
その相互作用が実験的に見えることが、
最近わかってきました。
そこで、電子と電子の相互作用だけを単に見るのではなく、
電子と電子スピンと核スピン、
この三つ巴の相互作用を見てやろう、と。
―ひとつの相互作用だけでも、とても複雑そうですが、
さらに「三つ巴の相互作用」となると、かなり複雑そうですね。
まぁ、本当に役立つところまで
できるかどうかは、まだわかりません。
けれども、おもしろい物理はきっとあるだろうし、
ひょっとすると、とんでもない新しいデバイスや
新しい原理が出てくるかもしれないぞ。
そう思ってやっているのが、
私達の研究ということなのですね。
「核スピン」が表に出る新しい分野を切り開きたい
―「核スピンとその周囲の電子が相互作用することが最近わかってきた」とのことですが、
「核スピン」も加えて研究しているグループは、他にもあるのですか?
工学の世界では、結局まだ、
電子を個々の粒子として、
扱っているわけですね。
電子の相互作用や、スピンの相互作用、
というのは、物理の世界の話。
いろいろなところで今、
最先端の原理の研究が行われているところです。
もちろん私達はそのような研究にも興味はありますが、
さらに核スピンを加えてやっているのは、
歴史的にごく最近のこと。
それが話題にのぼったこと自体、
2000年以降の話なのです。
ですから、世界で核スピンを加えて
研究しているグループはまだ少ない。
逆に言えば、
自分でそのような分野を
切り開いていきたいと思っています。
だから私達は、国のプロジェクトに
「核スピンエレクトロニクス」と
勝手に名前を付けたわけです(笑)
今まで誰も注目していなかった
核スピンが表に出るような
分野をつくってみたい。
新しいものをつくるだけでなく、
新しい研究分野もつくれれば、
それはとても素晴らしいことだと思うのです。
もしかしたら、
しぼんでしまうかもしれません(笑)
けれども、やってみなければ、
わからないわけです。
―「新しいものをつくる」ことと「新しい研究分野をつくる」ことの違いは何ですか?
「新しい分野をつくる」ことは、
「新しいものを個々つくっていく」ことの
積み重ねです。
その積み重ねによって、
おもしろい現象がたくさん見つかれば、
それをやる人も増えてきて、
ひとつの分野になるじゃないですか。
けれども、おもしろい現象が
あまりたくさん出てこないと、
「やっぱりあれをやっても、つまらないよね」
となって、しぼんじゃう。
すると、分野にはならないですね。
自分たちのグループだけで
できることには限界があります。
だからやっぱり、自分が「おもしろい」と思うことを、
他の人から見ても「おもしろい」と思ってもらえることを、
いくつか出していかなければならないのです。
それが、「分野をつくっていく」ということ。
「分野をつくる」ことは、結構難しいと思いますね。
他の人から見ても、魅了的に見えなきゃいけないわけです。
―新しいことなのに、他の人から見ても魅力的というのは、簡単なことではありませんね。
そういう意味で、
「新しい分野をつくる」ことは、
すごくチャレンジングなこと。
けれども、できれば、
それはすばらしいことですよね。
―今はどれくらいの段階まで、見通しがついているのですか?
今はまだ、
三合目くらいにいますね。
五合目くらいまでは
何とか見えているかな、
というくらい。
登り始めたけど、
まだまだどうなるかわからない。
本当にトップがあるのかないのかも、
まだ見えていないですね。
―具体的には、どこまでわかってきたのですか?
まず、「電子系と核スピン系の相互作用があること」は、
もうクリアしました。
これはうちだけでなく他のグループも含めて、
間違いない事実になっています。
次に、「それがいろいろな手段で、きちんと制御できますよ」
ということも、かなりクリアになってきています。
これはうちのグループが、世界でもかなり先端を走っています。
そして、「いくつかの半導体の材料で、それができますよ」と
いうこともわかってきた、というところですね。
そのような意味で、「いろいろおもしろいことがあるぞ」
「使えるぞ」ということは、わかってきました。
コラボレーション
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