取材・写真・文/大草芳江
平山さん率いる東北大学大学院理学研究科物理学専攻の量子伝導物性研究室にお邪魔しました。
学生の皆さんがリアルに感じていることを中心にお話を伺うことで、
研究室の「今」、大学生・大学院生の「今」を、雰囲気そのままにまるごとお伝えします。
◆大沢祐人さん(修士過程2年)
研究中の大沢さん(修士過程2年)
―今、何をやっているのですか?
ケーブルで配線しているのですが、
それが断線していたり、
他のケーブルと混線しているとまずいので、
ひとつずつチェックしているところです。
―平山さんへのインタビュー中、報告に来ていましたね。
それは、もっとビックなプログレムで。
サンプル自体が壊れてしまったんです。
サンプルを取り付けるための長い棒、
僕達はそれを「プローブ」と呼んでいるのですが、
それが不具合を起こしちゃったんです。
静電気のようなちょっとした電気的な刺激が、
どこかに入っただけでサンプルが壊れてしまうので。
そういった問題がもしかしたらあるかもしれないぞ、
ということで、一個ずつチェックしているところです。
―そういった細かいチェックを怠ると、後で何が原因がわからなくなってしまって大変になるのですか?
そうそう、まさしく仰る通り。
しかもこの装置、温度をマイナス270度以下くらいにまで
下げること自体は非常に楽なのですが、とは言っても、
そこまで冷やすのに1時間とか1時間半とか、
時間がすごくかかっちゃう研究室なんです。
ですから、空気中・室温でチェックできることは
全部やっておかないと、何時間もかけてせっかく
サンプルを冷やしても、後でどこが悪いかわからなくなれば、
すごく時間の無駄なので。
ですから、なるべくいちいちチェックします。
―作業中ということで、また後で続きを聞かせてください。
◆新井田佳孝さん(博士過程1年)
研究中の新井田さん
―研究をしているときの原動力は何ですか?
おもしろいからやっている、ってわけですけど。
―どのようなとき、おもしろいと感じるのですか?
例えば、きれいなデータが取れたり、
予測したデータが取れたときもおもしろいんですが、
想定しないデータが出たときも「なんだこれ?」と
おもしろいですね。
―「予測しないデータが出たとき」は、これまでありますか?
むしろ、そっちの方が多いと思います。
―具体的には何が、おもしろいのですか?
僕が持っている試料は、けっこう特殊なもので、
多分、世界でほぼないものが見えているのですけど。
―どのあたりが特殊なのですか?
「谷分離」という現象がありまして、その分離の大きさが、
これまで報告されているものに比べて、相当でかい。
けっこう特殊なサンプルなんです。
―これまでのアプローチとは何が違うのですか?
ものは基本的には一緒なのですが、つくり方が違うので、
もの自体も若干違っているのではないかと考えられています。
―「谷分離が大きい」ことに、どんな意味があるのですか?
シリコンの量子コンピュータをつくるときに、
谷分離が大きくなければいけないという話があって。
―それは、量子コンピュータが実現できるかもしれない、という高揚感なのですか?
正直、僕は量子コンピュータには興味ないです。
「谷」というのは、基礎的な物性なんです。
それを理解したいですね。
―では、「谷」という基礎的な物性を、なぜ知りたいのですか?
なんでなんですかね。難しい質問ですね。
やっているうちに、意義がわかってくるからですかね。
―どのような意義がわかってきたのですか?
電子というのは普通、電荷の電荷とスピンの
ふたつの自由度があるのですが、シリコンは特別で、
そこに「谷」という自由度が加わるんです。
電子の電荷とスピンの自由度は、
けっこう簡単に操作できるのですけど、
谷の自由度は、簡単に操作できないんです。
でも、僕が今持っている試料なら、
簡単に「谷」の大きさとかを変えることができるんです。
これは、僕らのグループしか持っていない試料なんです。
そういう特殊な試料を持っていると、
「谷自由度」を使った他の人にはできないようなことが
できるのはないかとか。
「谷自由度」をうまく操作できれば、
他の研究者が喜ぶようなことを、
自分も何かできるかなと思うので。
「谷」が分離するメカニズムも、
まだ良くわかっていないんです。
そういうものを解明すると、
他の研究者にも喜んでもらえるんじゃないかなと思うんです。
それで何か、自分も貢献できたらうれしいな、と。
―先ほど平山さんから、自由度のお話を伺いました。電子の電荷と電子スピン、核スピンの自由度に加えて、「谷」の自由度というのもあるのですね。
僕のやっている研究は、研究室のメインテーマとは、
ちょっとずれているんです。
だから、一人で好き勝手やってます(笑)
―「一人で好き勝手やれる」のは、楽しいですか?
いやいや、孤独ですよ(笑)。
シリコングループは、うちの研究室で二人しかいないんです。
彼(大沢さん)が卒業したら、僕一人ですから。
―一人で心細くはないですか?
心細いですが、逆に言えば、好きなことを自由にやれるので。
それでうまくいけば楽しいですけど。
でも、うまくいかなかったときは、ちょっとつらいですね。
―では、この研究室を一言で表すとしたら?
一言?!一言で表すとしたら、なんすか?(笑)
カオスですか?いやいや、うそです、すみません(笑)
外国人が多いのが特徴だと思います。
異文化コミュニケーションですかね。
例えばイスラム教の人がいて、飲み会では肉が食えないとか。
だから、ほとんど海鮮系ですね。
―平山さんは、どのような先生ですか?
基本的に、試料の材料などは先生が決めますけど、
後は好きなことをやらしてくれますね。
ここはまぁ、けっこう自由にやらせてくれますね。
―自分で好きにやれる方がおもしろいですか?
たぶん好きにやれるところだったら、
好きにやれて良いと思います。
けれどもテーマをガチっと決められても、
おもしろいテーマだったらおもしろいと思います。
―平山さんからいつも言われることや、感じるスタンスはありますか?
当然メインテーマはあるのですが、
ひとつのテーマだけに絞って、
それだけを見ようとする考え方ではなくて、
同じサンプルでも、いろいろおもしろいことができるのだから、
視野を広くして見て、と言われています。
―最後に、中高生へメッセージをお願いします。
社会は汚いし、運もあるけど、研究に限らず、
やりたいことをやるのが良いと思います。
―「社会の汚さ」を、すでに感じているのですか?
まぁ、25才ですからね。
研究に限らず、社会の理不尽さは・・・。
◆三浦智宣さん(学部4年)
研究中の三浦さん
―研究室に入って約1年ですが、率直にどのようなことを感じていますか?
低温の実験は大変だなと思いますね。
―どんなところが大変なのですか?
時間がかなりかかるんですよね。
僕の実験では、絶対温度0.1ケルビンとか、
そういった領域で測定しているので。
その温度の状況をつくるのに、けっこう時間がかかって、
大変な作業だなと。
最低温度に下げるまでに、一日半くらいかかったりします。
―日々何をしているのですか?
僕自身4年生なので、
発展的なことはまだやっていないんですよ。
基本的なことをやっているんです。
だいたい、他の人がもう研究していて、
だいたい結論がわかっているようなことを
僕はやっているわけです。
そういったことを、まずは僕自身が
再現してみるという段階です。
もちろん僕自身、大学院に入ってからは、
他の人がやっていないような発展的なことを
やりたいと思っていますけど、今の段階としては、
基本的なことをやっているわけです。
―この研究室と他の研究室で、違いを感じることはありますか?
この研究室には、留学生や外国人の研究者がたくさんいます。
―先ほどの先輩方と同じ意見ですね。国際的な雰囲気はいかがですか?
異文化交流という意味では良いと思います。
―どのようなときに「異文化」を感じますか?
イスラム教徒の方がいるので、食事のときとか。
―それも全く同じことを先輩方が言っていました。
芋煮のときも、イスラム教徒の方用に、
肉無しの芋煮とかつくっていました。
僕は食べなかったですが。
やっぱり肉があった方が良いんで...
―平山先生に対して、どのように感じていますか?
けっこう冗談とかも言って、
おもしろい方だと思います。
―最後に、中高生へメッセージをお願いします
う~ん...(しばらくの間、悩む)
悩む三浦さんをいつの間にか取り囲む、大沢さん(写真左)と新井田さん(写真中央)
◆大沢さん(修士過程2年)
その中高生へのメッセージっていう質問、難しいっすね。
僕も、博士になりたい人だったんですよ。
でも違う方向もあるなと思った人なので、
彼らに適切なコメントを残せない。
―そういうところも含めて、それぞれリアルに感じていることが、逆にメッセージになると考えています。
何すかね。でも、悲観的なことしか言えないですね。
自分よりも明らかに研究者向きの人を見るわけです。
俺違うなとか、つまらないとか、限界を感じるとか。
暗い話になるわけです。
ここで、この人たちと勝負するのは分が悪いから、
他の選択肢があるな、と。
けれども、やりたいと思ったことをまずやって、
現実を知ったから、納得できるし、あきらめがつく。
だから実は、そんなに悲観的でもないんですよ。
悲観的なことを言ったけど、楽しんでやっている。
限られた今ある状況の中で、どれだけ自分が学べるか、ですよね。
―自分で思ったことを実際にやってみたからこそ、納得がいくのですね。
俺、正直言えば、物理やっている人が
一番偉いって思っていたんですよね。
何でもできる人たちだって。
でも実際は、そうでもねえなって。
そういう偉い感じじゃいけないな、って。
世の中には、もっと役に立っている学問とかがあるから、
まぁ偏屈にならずに、世の中に役に立つことの方が偉い、
っていう風に、今は思っています。
―どうして、そのような変化があったのですか?
うちの先生はそうじゃないですけど、
偉そうな先生って、いるんですよ。
「一般向けの科学雑誌や科学番組は、くそだ。
もともと一般の人がわかるものじゃない」って、
ある先生が、すごく断定的な言い方をしていたんです。
そういう一般向けのものは、当然、
噛み砕いて言っているわけだから、詳しい人から見れば、
解釈の仕方とか間違っているかもしれないけど。
でも、そういうのっておかしい、って思うじゃないですか。
むしろ詳しい人こそ、自信を持って、解釈に自由度が出ようが、
もっと広く伝えることが必要なはずなのに。
なんで、あんなに偉そうに言うんだって、
すごく疑問に感じたんです。
それに、そういう先生が
「将来何の役に立つかもわからず、お金にもならない」
ってヘラヘラ笑って言っているのが嫌だ。
やっぱり金使ってやってるんだったら、
世の中に還元しろよ、って思う。
それは別に、成果が世の中に反映されることじゃなくても、
やっていることのすごさをもっと伝えることでも良いと思う。
それを伝えるためには、その人が「もっとその人の話を聞きたい」
と思えるような人になってないと駄目じゃないですか。
でも僕は、その人がそういう努力をしているようには見えなかった。
それですごく疑問を感じたわけです。
頭でっかちだなって。
科学者って、批判することだけに
集中している人が多いと思いますね。
負の側面だけを取り出して、
ああだろうとか、こうだろうとか。
中高生に言いたいことって、なんだろうね?
科学者=批判的な目線を持つことだけじゃないんだぞ!
これでしょう、けっこう良いこと言ったかな(笑)
だから理系って、嫌われるんだ。
自分もいわゆる理系の人だし、けっこう批判的だから、
あまり言える立場ではないのかもしれないけど(笑)
けれどもせっかく、いろいろなことを
理解できたり解釈できる頭を持っているのに、
すべてに対して批判的にならなくても良いのに。
そういう人たちが、もっと前向きに
いろいろなことを考えれば良いのに。
―話の内容としては少し違うのですが、平山教授は「特に私たちの研究分野は、すごく理屈がわかっている人が成功するかというと、意外とそうではない。むしろ、人がこんなことやってもうまくいかないだろうと思うことを、丹念に信念を持って、地道に手を動かしながらやれる人が、幸運にめぐりあえる」といったようなお話をしていました。
まさに、その通りだと思うんですよ、前向きさ。
そういった点では、平山先生は相当すごいです。
あまり大きな声では言えないですが、
その道の専門の先生から言わせてみれば
「ちょっとそれは無理がある」と言うことも
「一応それもやってみようよ」と常々と口にするので、
やっぱりそれはすごいなと。
しかも、ちゃんと成果を形にして出さなければならない立場にいる人が、
チャレンジングなことにをやっているのは、すごい。
良く言えばだよ?
前向きにとらえればね。
批判的にとれば「ま、何言ってるの。
そんなことやるんだったら、もっと違うことやれ」って
なるのかもしれないですけど。
それでどうなの、三浦君は?
◆三浦さん(学部4年)
え?え?え??え???
―先ほどの考えはまとまりましたか?
科学って、絶対的な答えっていうのを
追及しているような部分があると思うんですね。
宇宙で成り立つような普遍的な法則性とか。
ただその一方で、現実社会では、
例えば価値観とか人間にしても、
常に変化している部分があると思うんですね。
20年前には当たり前だと思われていることが、
現在では違ってきていたり。
なので、僕が強いて言うのであれば、
既成の価値観にとらわれることなく、
自分の考えっていうのを主張していっても良いのではないかと。
まぁ僕自身、主張できていないですけど・・・
―皆さんのリアルな声が聞けました。お忙しい中、本日はありがとうございました。
コラボレーション
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