実は、今お話した核スピンの話も、副産物
―今までで、最も驚いた副産物とは何ですか?
実は、今お話した核スピンの話も、副産物なんです。
最初、私達のプロジェクトでは、
電荷や電子スピンをコヒーレントに制御して、
半導体で量子ビットをつくろう、
という研究をしていたんです。
その研究をしているときに、
純度の高い半導体からスタートして、ナノ構造をつくらないと、
おもしろい特性は出てこないことがわかりましたので、
純度の高い半導体からナノ構造をつくったわけです。
純度の高い半導体ですと、
量子ホール効果などといった効果が、
きれいに見えるわけですね。
そういう研究をしていたときに、
たまたまドイツのグループによって、
核スピンと電子スピンの相互作用があるようだ、
という話が出てきました。
そこで、うちの研究室でやってみると、
やっぱり同じように見えるんですね。
で、これはひょっとしたら、
おもしろいんじゃないの?という話になりました。
―ドイツのグループとの違いは何ですか?
ドイツのグループでは、普通の薄膜でやっただけでしたが、
うちのグループでは、さらにナノ構造までやったのです。
すると、そのナノ構造で、
核スピンが制御できるところまで持っていけた。
実はここで、予想外のことがあったんですね。
―どのような「予想外のこと」があったのですか?
実は最初、普通に核スピンを制御して、
超高感度なNMRを実現しようとしていました。
そのために、どのような構造をつくったらよいか、
いろいろ工夫をして、究極まで詰めていった結果、
単に超高感度なNMRができただけじゃなかったんですね。
電磁波のパルスを当てると、先ほどもお話したように、
核スピンのコヒーレントな、量子的な振動がきちんと生み出せる、
ということが、なんと、できちゃったんですね。
このポイントコンタクトの話をやった人は、
うちの准教授の遊佐先生なんですけど。
要するに、最初はまさか、
そこまでできるとは思っていなかったところが、
一番感度の良いNMRを実現しようと思って、
どういう構造をつくったらよいか究極まで詰めていった結果、
核スピンをコヒーレントに制御できるというところに結びついた、
それができちゃった、ってことですね。
うまくいかなかったことから、新しいことがわかる例はたくさん
そういう例は結構たくさんあって、最近の例では、
NMR的なコントロールをやろうと思ったときのこと。
太鼓をどんどん!と叩くとお腹に振動を感じますよね。
そういう風に、ちょっと言葉は難しいかもしれませんが
「表面弾性波(Surface Acoustic Wave)」というものを
走らせると、音響(Acoustic)ですから振動するんですね。
そういう風に半導体をうまく振動させて、
その振動がちょうどNMRの共鳴周波数と一致すると、
核スピンが何か変化するんじゃないか、と仮説を立てました。
要するに、磁場の中で磁場を振動させるとNMRが起こるんですが、
逆に、磁場を一定にしてサンプルを振動させても、
メカニズム的には、同じことが起こるわけじゃないですか。
そう思って実験を始めてみると、
それらしいシグナルが出てきたんですね。
それらしくなるので、狙い通りにできた!
やった!と思っていたんです。
けれども、何だかシグナルは出ているんだけど、
出ているシグナルの周波数範囲がやけに広すぎるんですよ。
で、おかしいなと思ったら実は、
Surface Acoustic Wave(表面弾性波)で
oscillation(振動)させていたつもりが、
そのシグナルが、素子が、少し壊れていて、
と言うか、leak(漏れ)があったんですね。
それが、我々が「バックゲート」と呼んでいる
裏側のゲートにまわっていて、
そのゲートにも振動電荷がかかっていたんです。
それでもって、実は電子のドメイン構造が、
膨らんだり・縮んだりっていう、
周期的な振る舞いをしていて、
それが核スピンをコントロールしている、
っていうことが世界で初めてわかって。
実はこれ、全く新しい発見なんです。
転んでもただでは起きない
―何がどう新しいのですか?
電子は電子スピンを持っているじゃないですか。
要するに、電子のドメインっていうのは、
ひとつのドメインは、電子のスピンが上向きになっている、
ひとつのドメインは、電子のスピンが下向きになっている、
そのようなドメインがあるんですね。
そこでドメインが振動する、膨らんだり・縮んだりする、
ということは、ドメインの境界付近の電子系は、
スピンがこっちになったり、あっちになったり、
そっちになったりしているんですね。
スピンというのは、基本的に磁場ですから、
そこにいる核スピンは、磁場が"そうなっているな"と感じるわけです。
そのようなメカニズムでもって、実は、NMRが起こっていた。
というのは、全くこれは予想外で(笑)
最初はSurface Acoustic Wave(表面弾性波)でやろうと思っていたら、
どうも違うメカニズムで起こっているらしいとなって、
新しい原理で核スピンを制御できるということが、最近の成果です。
Surface Acoustic Wave(表面弾性波)でできても、
それなりにおもしろい結果だと思うのですが、それよりも、
後からわかったメカニズムの方が、もっとおもしろくって(笑)
そういうことが常に、私達の実験研究ではついてまわるので、
そこにおもしろみがある、ということ。
逆に言うと、そこでやはり「最初期待したものと違うぞ?」と
気づくことが大事ですし、気づいた後に
「間違っているからやめた」ではなくて、
「でも何かおもしろいことが起こっているぞ」と、
転んでもただでは起きないところがないと、
やっぱりいけないと思います。
でも、そういうところがあると、この分野は、
ものすごくいろいろな発見ができる分野です。
好きこそ物の上手なれ
この量子コンピュータ分野は、もちろんある程度は、
物理や難しい理論がわかることは大事なのですが、
この実験研究は、意外とそうじゃないところもあるんです。
やはり、実際に自分の手でものをつくろうと思うと、
いろいろ手を動かして、自分でやっていかなきゃ、
いけないんですね。
手を動かしてものをつくることが好きで、
「こう実験してみたらどうなるんだろう?」と
ちょっといたずらっ気があって、
時間を惜しまず、努力を惜しまず、労を惜しまずにやる。
それを繰り返す人は、
思いもよらない発見にぶつかるんですよね。
そういう意味で言うと、特に私たちの研究分野は、
すごく理屈がわかっている人が成功するかというと、
意外とそうでもなくて。
物理が好き、あるいは、ものをつくるのが好き、
手を動かすのが好き、実験するのが好き、
という人が良い成果を出すんですね。
もちろん物理や数学の中には、頭が良くって、
理論がわからないと話にならないよ、
という分野もあるでしょうけど。
そうじゃない分野もあるよ、物理が好きだったら
それで結構やれる分野もあるよ、ということが、
若い人にも伝わると良いなと思うのです。
実際に、この分野でノーベル賞をとっているような方も、
「そんなことをやってもうまくいかないだろう」とか、
「そんなことやっても無駄じゃないか」と人が思うようなことを、
ちゃんと丹念に、あるいは信念を持ってやって、
それが非常に大きな発明につながっている場合が多いですね。
それは決して、ものすごく頭の良い理論屋さんが、
「こういう実験をしたらこうなるはずだよ」と
言ったわけではありません。
むしろ、そのような新しい実験が出てきたから、
「なんでそういう実験結果が出たのだろう?」と
理論屋さんは慌てて説明する、という感じなんですね。
つまり、そのような意味で、
理屈で全部わかっていることが物理なのだ、
というようには思わないでいただけると、
ありがたいなと思いますけどね。
好きこそ物の上手なれ、という言葉がありますけど、
物理で、少なくとも私たちの分野の物理に、それは通用しますよ。
「物理は好きだが、難しい理論はわからない」という
若い人には、そうじゃないかもしれないよと言いたいですね。
それと、もうひとつはやっぱり理屈を一番わかっている人が
言ったことをそのまま再現したとしても、
それは実験としては価値があるとは思うのだけど、
けれども私に言わせると、一番おもしろい実験ではないですね。
一番おもしろい実験とは、理論屋さんも思いつかないことが
出てくる実験だと思うので、そういうところを常に狙うような、
そんな実験をやっぱりしたいなと思いますよね。
そしてそれは結局、狙ってできるものではないので、
「ここにきっとおもしろいことがあるかもしれないな」とか、
「こんなことをやったらどうなんだろう?」と労を惜しまずやる、
ということの、やっぱり繰り返しが必要なのかな。
そういう繰り返しのできる人が、幸運にめぐりあえる。
私はそう思っています。
科学の理論は、新しい実験結果を説明するためのもの
科学というと、中高生から見れば、もう何年も前に
確立されていることばかり教えられているわけですから、
科学というのは、いかにも教科書に書いてあって、
すべてが終わっているような気がするんでしょうね。
けれども実際はそうじゃなくて、現在進行形なんですよね。
常に新しいものが出てきていて、
数十年後、数百年後に教科書に載るかもしれない科学技術が、
毎日、あるいは毎年、どこかで出てきている。
ちょっと考えれば当たり前だと思うのですけど、
それが科学なんだということは、
理解してもらえるといいなと思いますね。
逆に言うと、科学の勉強をするときも、歴史の勉強もそうですが、
その時代にもどった雰囲気でやると、楽しくなるのかなと思います。
例えば歴史だって、「その場にいたとしたら」と、自分が物語の
主人公になったつもりになると、楽しく覚えられるじゃないですか。
科学もやっぱり、「それを見つけた頃はどうだったのかな?」
と思うと、おもしろいと思うのですよね。
一見、難しそうな理論だって、あれも結局、
実験データをきちんと表現するためのテクニックなのです。
そういう観点から見ると結構おもしろいし、
本質が見えてくるような気がしますけどね。
科学の理屈は、基本的に、新しい実験結果を説明するためのもの。
量子力学だって、古典力学で全部説明できれば、
別に誰も、つくろうとは思わなかったはず。
けれども、古典力学では説明できない実験結果が
たくさん出てきちゃったから、それを説明するためには
どうすればよいだろう?ということで、
量子力学が出てきたわけですから。
質的に新しいものは、全く新しい話をつくってくれる
―平山さんが研究の延長線上で思い描く世界とは、どのようなものですか?
私が描いているそれは多分、
夢ということになるかと思うのですけど。
ひとつは、核スピンを半導体中で
自由にコントロールできるようになって、
しかもナノ構造でいろいろコントロールができて、
超高感度なNMRが、半導体の測定法のひとつとして
使えるくらいにレベルアップしているということ。
もうひとつは、ナノスケールでうまくスピンを
制御できることを私達はやっているので、
これからもそれを追いかけていって、その極限として、
固体をナノメートルで分解してMRIをやれるような
装置もやれるんじゃないか、とも思っています。
今のMRIでは、わたしたちの脳などを
ミリメートルやセンチメートルくらいの
分解能で測定してるのですね。
さらに、半導体だけではなくて、
いろいろな材料に拡張していく。
そうやって、そのような制御技術が全部結びついていくと、
最後には核スピンを使った量子コンピュータも、
かなりいいところまでいくのかな。
最終的には、核スピンだけですべてをやろうとしている
わけではなくて、電子と電子スピンと核スピン、
この三つ巴の相互作用のそれぞれ良いところを使って、
古典デバイスではなく量子で動くデバイスになるんじゃないか。
それを量子コンピュータで言えば、
量子ビットのメモリがあるし、量子ビットのロジックがあるし、
といった構造ができるようになるんじゃないかなって思っています。
つまり、一言では難しいのですが、
高感度のMNRみたいなものの極限と、高精度の量子制御、
そのふたつを組み合わせたような世界をつくっていきたいと思っています。
そこまでいくには、おそらく何十年とかかるでしょう。
私の世代だけでは無理かと思うのですが、そこまでいくスタート点、
あるいはその途中を担えればよいな、と思っているのです。
―具体的にどのような世界になるのか、なかなかイメージが湧かないものですね。
具体的にどうなるとは、なかなか言えない話なのですが、
質的にいろいろ違うものは、全く新しい話をつくってくれると思っています。
「こうすれば、こういう正しい方向に行くんだ」って言えない
―最後に、中高生へメッセージをお願いします
今の平山さんが一番リアルに感じていることがあると思うのですが、
仮に中高生の頃の平山さんが今ここにいて、一言だけ言葉をかけられるとしたら何と言いますか?
難しいなぁ...
なぜ難しいかというと、僕ははっきり言って、
中高生時代は、あまり考えていなかったかもしれない。
あまり疑問に思わなかったというか、
非常に社会に無関心でしたね。
だから、何でかな?
確かに歴史はその舞台に立つつもりで楽しんでいましたし、
物理も数学も、そういう感じが好きでした。
でも、正直言って、それが最先端の物理と
どうつながっているのだろうとか、考えていませんでしたね。
今の言葉で言うと、ゲーム感覚だったのですね。
ゲーム感覚で解けると、ワンステップアップすることがおもしろい。
だから、それに対して、中高生の頃の僕に何か言おうと思うと難しくって、
「そのままでいいよ」「そのうち気づくからいいんだよ」と言うべきなのか。
それとも「そろそろその年になったら、もうちょっと目を広げて、
科学技術も含めて社会を考えなきゃいけないんじゃないの」と言うべきなのか。
非常に迷いますね。
―迷う理由とは何ですか?
もし「もうちょっと社会に目を広げないとだめだよ」と言ったら、
もしかしたら僕、壊れていたかもしれないな、と思うので。
だから「そのままでもいいよ」と言ったほうが良いかもしれない。
けれども「もっと目を広げなさい」と言ったら、今の私よりも、
もっとグレードアップしていたかもしれない。
非常に迷いますよね。
―「壊れていたかもしれない」とは、どのような意味ですか?
だって、人って皆、個性があるから。
(社会に対して)閉じている人もいるし、開いている人もいるし。
でもそれって、その人の個性だし、その人の時期があると思うのです。
身長が、ある人は小学生に伸びて、ある人は高校生に伸びて、
と個人差があるように。
だから、皆が同じ時期に同じように社会に目覚める必要はなくて、
その人が準備できれば開くと思うんですよね。
それを準備できない段階で無理やり開くと、壊れそうな気がしませんか?
かえって「自分なんか駄目なんだ」と思ちゃったりするから、
「そんなことなくて、それでもいいのだよ」でも良い気がするのですけどね。
―けれども「非常に迷う」のですね。
難しいですよね。
もうちょっと早く、ちゃんと社会や科学技術だって、
いろいろ最先端のものと結びついているんだよということを、
もうちょっと早く勉強しておけば、もっとやる気になって、
もっと良い研究していたかもしれないわけで。
それはわかりませんね。
すごく悩みますね。
でも僕は、若い人にはあまり「社会に無関心でいたらいけないよ」
と強くは言いたくないですね。
そういう関心は、自然にあるところで湧いてくるもので、
そんなに強制してやるものではない。
ある程度、年をとると、社会との関係なしには生きていけないので、
自然に備わっていくのかな、と思いますけどね。
ただし、ルールを守るとか、社会性とか、あるいは挨拶をするとか、
むしろそういうところは、ちゃんとやるべきだと思いますけど。
僕は、昔の自分に対して、
「こうすれば、こういう正しい方向に行くんだ」って言えないですね。
―その「迷い」が逆に、メッセージになるのかもしれません。
泥臭いことを厭わずにやれる、それこそ物理好きだ
僕らのやっている実験のフィールドは、
僕自身もものづくりをやってきた人なんで、正直言って、
天才的なひらめきとか、そういうのではないんですね。
量子何とかと言うと、すごく格好良いと思ってくる人もいるんですが、
すごく細かいことの積み重ねから、新しいものができてくるわけです。
量子制御をちゃんとやろうと思ったら、ものすごく地味なものづくりから、
制御技術から、ちゃんとひとつひとつ丁寧に組み上げていかないと駄目なんですよね。
そういうところを、これは特に、大学生向けのメッセージだと思うんですが、
実際にものにしようとすると、それはすごく泥臭いものの積み重ねなんだよ、
ということをわかってもらいたい。
逆に言うと、そのような泥臭いことを厭わずにやれるというのが、
それこそ物理が好きだ、ということだと私は思っています。
それができる人は、是非この分野にいらっしゃい。
別に、数学ができなくたって、そんなに気にしなくていいですよ。
そりゃ全くできないと、困っちゃうとは思いますけど(笑)
―平山さん、本日はどうもありがとうございました
コラボレーション
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