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2024年 10月 16日 (水)

鳴子の米「ゆきむすび」のおにぎり専門店復活へむけて/鳴子の米プロジェクト理事長の上野健夫さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2016年10月06日公開

鳴子の米「ゆきむすび」のおにぎり専門店「むすびや」が、東日本大震災の影響で2013年12月に休業してから約3年が経った。ファンらから再開が望まれる中、同店を直営するNPO法人鳴子の米プロジェクトが、来年4月1日からの営業再開を目指し、インターネットで資金提供を募るクラウドファンディングを9月15日から始めている。11月14日までの2ヶ月間で250万円以上集めるのが目標で、クラウドファンディングのアドレスは、https://readyfor.jp/projects/musubiya。むすびやの復活にむけて、同法人理事長の上野健夫さんに同プロジェクトのねらいや今後の展望などを聞いた。

※ 弊紙『宮城の新聞』に掲載していた休業前の「むすびや」のおにぎりや店舗などの写真を、同法人からの依頼でクラウドファンディング用に提供させていただいたことをきっかけに、本取材が成立しました。本記事に掲載しているおにぎりや店舗などの写真は、営業当時に撮影したものです。


「鳴子の米プロジェクト」とは?

―そもそも「鳴子の米プロジェクト」とは何ですか?


◆農地を守っていきたい

NPO法人鳴子の米プロジェクト理事長の上野健夫さん

 このプロジェクトは今年で11年目になるのだけどね。スタートした背景に何があったかと言うと、「中山間地域」(都市部や平地以外)と呼ばれる鳴子の中でも、特に鬼首や中山平は、高齢化や過疎化が急激に進行しているじゃないですか。日本人の主食である米、田んぼが、どんどん耕作放棄地になりつつある。もちろん平場でも高齢化は起きているけど、中山間地域は、その10倍ものスピードでそれが進んでいてね、田んぼでありながら、何も先付されずに荒れ果てて、ヤナギやセイタカアワダチソウなどが生えた耕作放棄地が多くなっていたのね。

 国の農業政策も、「猫の目行政」(猫の目のようによく変わる)とよく揶揄されるけど、このプロジェクトがスタートした当時も、また大きな農業政策の転換があってね。要は、大規模化・集約化を進めるということで、中山間地域の小さな農家はもう要らないよ、と言葉ではっきり言わなくとも、大規模農業を進める人には支援するけどね、という政策が始まったわけです。そうじゃなくても農地が耕作放棄されつつあるのに、そんな農政が行き渡ったら、鳴子から米作りの風景がなくなってしまうのではないか。そんな危機感がありました。

 一方で鳴子は、どちらかと言うと、観光地としての知名度が高いのだけど、観光に携わる人達も、国道沿いの田んぼが荒れることを非常に懸念していたのね。なぜかと言うと、古川のインターを降りれば、田園風景が広がっているじゃないですか。鳴子に向かう中で、山が迫って湯けむりが見えてくると、「あぁ鳴子に来たな」という安堵感に浸れる。それが鳴子の魅力のひとつであって、観光地・鳴子にとっては、温泉もそうであるように、農の風景も大切な観光資源なんだよね。けれども最近、国道沿いの一等地でさえ、耕作放棄地がいっぱいあるじゃないですか。ヤナギの林を通り抜けて鳴子に来るようじゃ、観光地としての鳴子もダメになってしまうのではないか。そこで、お互いに知恵を出し合って協力することで、農地を守っていきたいと、このプロジェクトが始まったのが、11年前のことです。


◆中山間地域に見合った米作りを探して

NPO法人鳴子のプロジェクトのロゴが書かれた「むすびや」の暖簾(2010年撮影)

 国の農業政策も、田んぼがありながら米を作るな、という生産調整をずっと進めてきたんだよね。でも、それ以上にもっと米作りを辞めていく背景があってね。昔は、鳴子のような中山間地域の米は、美味しくない米の代名詞だったんですよ。もともと鬼首で米を作っていた理由も、商品として売るためでなく、冬を越す食料貯蔵のため。一冬越せるだけの米があれば安心して出稼ぎに行けるからね。昭和30年頃までは、そんな社会環境だったんですよ。けれども、栽培技術や肥料や農薬の進歩によって、少しずつ自分の家の分よりも作れる米が多くなって、出荷できるようになったのだけど、中山間地域は気候も水も冷たくて、「鳴子の米は牛の餌にもならない」と言われた時代もあったんです。本当に、米は古川で作るから、鳴子のような地域は田んぼなんか作らずに牛でも飼った方が良いという、「地域間とも補償」というやり取りをすれば良い、なんて言われた時代もあったんですよね。

 一方で、お米はブランド化が進んでいて、都会で「米の品種を知っているか?」と聞けば、皆「コシヒカリ」と答えるくらい、コシヒカリでないと米ではないような時代なんだよね。にも関わらず、実際にコシヒカリを食べたことがある人はどれくらいいるか?と言えば、食べたこともないのに、ブランド米でなければダメだという米に対する先入観がある。けれども今は、どの地域でも、かつてのように牛の餌にしかならないような、美味しくない米は、無くなってきているんだよね。

 そこで私たちは、昔から農業には「適地適作」という言葉があるように、中山間地域に見合った米作りを、ブランド力に頼るのではなく、本来の農作物を栽培するための米作りをした上で、皆に美味しいお米を提供したいと思ったわけ。そして、自分たちに合う米の品種を探し出して、当時はまだ「東北181号」という番号しかない米だったのだけど、後に自分たちで提案した名前の「ゆきむすび」というお米に、奇跡的に出会ったのです。そして、長年、鬼首で米作りをしていた人が、ゆきむすびを試験栽培して「こんなに美味しい米に出会ったことがない」と感激して、「鳴子でとれた新しい品種の米だから食べてみないか。鳴子の米プロジェクトの意義をわかってほしい」と発表会を開きました。それから皆に少しずつ、鳴子にはこういう米があると広めてきたのが、このプロジェクトの活動だよね。


◆米への価値観を共有する

 もうひとつ特徴的なことは、国が大規模化を進めたことで、皆、大きな農家になっていますよね。けれども生産組織が大きくなる程、消費者との距離はどんどん離れて、多くの人達は自分が毎日口にしている米は、どこの誰が作った米かわからずに食べているのが普通なわけです。そこで我々は、米を作る側と食べる側を結び,信頼関係を取り戻すことで、これまでに無い、「米への価値観を共有」することが、流通も含めて、できるのではないかというスタイルを、食べ手の皆さんに提唱してきたんだよね。そして今、約900人の人達に支えてもらって、信頼関係を結べたことが、10年間の大きな成果のひとつだと思っています。


◆ゆきむすびを食べたい、その声に応えたい

―プロジェクトの中で、「むすびや」はどのような位置づけにあるのですか?

収穫期の「むすびや」店舗前(2011年撮影)。収穫されたゆきむすびが飾られていた。

 今は栽培面積が約17ヘクタールに伸びているのだけど、そのほとんどが消費者から予約いただいて、直接食べ手の人たちに配送されているので、地元の人達もなかなか口にする機会がないという声が随分あったのね。マスコミではゆきむすびと聞くけれども、実際に、どこに行けば食べたり買えるの?という声に答えたい、というのが一番大きな理由です。

 もうひとつは、このプロジェクトの発信基地という意味合いで、むすびやを始めました。お店に来た人がおにぎりを食べながら、米プロの活動に触れられる。田んぼに行って稲刈りをするだけでなく、お店に気軽に来られる人たちが、パネルの農風景を見るだけでも、全然関係性が違うな、と思ったのです。

―むすびや復活に至った経緯は?

 むすびやを辞める時もそうでしたが、「何とか続けてくれないか」という声が非常に多かったですし、おにぎりを食べたいという声がやっぱり大きいのですよ。むすびやは辞めたくて辞めたのではなく、辞めざるを得ない理由があったわけです。ちょうど観光客の人達にも地元の人達にもおなじみの店として定着しつつある時期だったので、本当にもったいないと思ったのですが、震災で建物が壊れ、大規模修復するには莫大な費用が必要ということで、やむを得ず、借りていた建物は更地になってしまいました。でも、いつかは復活させようというのは、このプロジェクト運営スタッフの総意だと思っています。

 実は、その間ずっと色々な物件を探していたのですが、厨房が入るとか、店として成り立つ立地条件とか、建物のスペースとなると、ま、お金さえ出せばなんぼでもあるのだけど、なかなか、その条件に見合う場所がなくてね。そんな中、今年4月、中山平の事務所に引っ越し、1階の台所には調理場があったので、最初はその台所を少し改装する程度のことしか考えていなかったのです。それがたまたま県の農政の職員からクラウドファンディングを紹介していただき、プロジェクトでも以前からクラウドファンディングを活用する話はあったので、この機会に挑戦しようと、皆で決めました。

 決めた理由のひとつは、やっぱり「おにぎりを出してください」という要望が非常に多いこと。例えば、これまでのリピーターの他,岩出山の道の駅や、中山平の温泉公衆浴場「しんとろの湯」にも新たに農産物の物販所ができる予定で、おにぎりを販売して欲しいという話もあります。形態としては、周辺施設に卸すおにぎりを朝から昼までつくる間、お店でテイクアウト&イートインできるイメージで考えています。


世代交代をしながら栽培面積を増やしたい

―今後については、どうありたいですか?

営業当時の「むすびや」で人気だった、ゆきむすびのおにぎりランチ(2013年撮影)

 このプロジェクト自体も高齢化は切実な問題なんです。一方で、おかげさまで、ゆきむすびの人気はどんどん上昇して、東京の「おむすび権米衛」というおにぎり屋さんとも提携しているのだけど、今日、2店舗用のお米を提供してくれないか、というオファーも来たんだよね。米を食べてもらえない時代なのに、皆さんにゆきむすびを食べていただき、本当に感謝していますし、作り手にとってもやりがいとなっています。

 今は十数ヘクタールという本当に小さな面積だけど、やり方によってはまだまだ希望もあるし、若い人たちと世代交代をしていくには、仕事として成り立つ農業でなければ、若い人たちは当然来ないと思うんです。今回のように、協力してくれる権兵衛との取引も大事にし、また、私たちの米プロジェクトの活動を知ってもらって、ゆきむすびを支え、食べてくれる人が増えていけば、中山間地の鳴子でも十分仕事として成り立つ農業ができると思っています。そういうことを考えながら、ひとつは、世代交代を緩やかにでも進めながら、もっと栽培面積を増やしていきたいと思っています。

 実際に一人、後継者がUターンで戻ってきたのもあるし。少しずつだと思うけどね。ま、それが簡単にできればさ、農水省も役場の農水担当者も要らないと思うけど、それができなくて今困っているわけでさ。だからやっぱり俺らは俺らなりに独自のスタイルで、行政に頼るのではなく、常に自分たちで知恵を絞って色々な活動をしているので、新しいアイディアを、新しい感覚で、少しずつでも常に出していきたいという想いはありますよね。

 あと、ここ中山平も、ある意味では、過疎地の代表的地域と言っても良いような地域なので、地域にも馴染めるような組織でありたいなと思っています。まだあまり大きい声では言ってないですが、むすびやがある程度軌道にのり安定してからは、後々、地域課題にもしっかりアプローチすることで、福祉的な場にもおにぎりをお届けするとか、地域に根ざすことも私たちの大きな役目になると考えています。

―最後に、中高生も含めた、若い世代へメッセージをお願いします。

 米ってさ、食卓にあって当たり前だと思っている人がほとんどだと思うけど、やっぱり、毎日自分が食べている米を、どこでどんな人が作っているかが、わかって食べるかどうかで、全然違ってくると思うんだよね。それは米に限らず、野菜や肉だって同じでさ。それに、お金さえ出せば食料が手に入ると安易に考えていると、明日もし何かあった時、何も食べられなくなる、そんな手のひらを返すようなことが、今の世の中は多々はらんでいると思うのね。だから若い人には、職業や農業のことをしっかり学んでもらたいと思うし、そういう情報を私たちも発信し続けたいと思っています。

―上野さん、ありがとうございました。


<追記:2016年10月20日>

10月15日(土)から16日(日)の2日間、京都大学の農業交流サークルの学生2名が、上野さん宅に滞在しながら農作業を手伝っている様子を見学しました。夜行バスで訪れた学生さんたちは、ゆきむすびの収穫を手伝い、温泉で汗を流した後、ビールと新米と餃子を堪能して楽しい時間を過ごしたそうです。ちなみに交流のきっかけは沖縄で、週末農家訪問をしていた同サークルの先輩が、自転車日本一周の旅中だった上野さんの息子さんと意気投合、「うちの親父も農家だから、今度うちに来たら?」という偶然の出会いから始まったそうです。「僕が鳴子に来たのは今年で4回目ですが、上野さんは受け入れてくれるのが上手で、とても居やすいです。まるで親戚のおじさんみたい」と学生さんは話していました。

取材先: 鳴子の米プロジェクト     

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