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2024年 10月 16日 (水)

気仙沼市長の菅原茂さんに聞く:社会って、そもそも何だろう? 取材・写真・文/大草芳江

2015年4月27日公開

人と人との信頼関係が
人間社会を築く

菅原 茂 Shigeru Sugawara
(気仙沼市長)

1958年、気仙沼市生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部卒業。商社勤務後、気仙沼市で水産会社を経営。小野寺五典衆院議員公設第1秘書を経て、2010年市長選で初当選(当選2回)。

 「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【社会】に関する様々な「人」をインタビュー。 その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とはそもそも何か」を伝えます。
 東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた気仙沼市。その気仙沼市で水産会社を経営後、衆議院議員秘書を経て、2010年から市長を務める菅原茂さんは、自らの実体験から、社会とは人と人との信頼関係で成り立つと語る。そんな菅原さんがリアルに感じる社会とはそもそも何かを聞いた。


菅原茂さん(気仙沼市長)に聞く


■社会とは、人と人との関わり

―気仙沼市長の菅原茂さんがリアルに感じる社会って、そもそも何ですか?

 非常に難しい質問だと思いますが、社会とは、人と人との関係、または、触れ合いだと私は思います。

 東日本大震災で、気仙沼にも大きな津波の被害があり、大変多くのものが流されました。私も、家そのものは最初の津波で流されたと聞いています。家が流され、色々なものが、無くなりました。

 しかしながら、人々の悲嘆は、ものを流されたことよりも、圧倒的に、家族や知人の方が津波に流されて命を落としたことに対してだったと思います。ものは失ってももう一度頑張れば取り返せるかもしれませんが、人を亡くしてしまうと取り返すことはできません。

 その後、震災直後は皆さんで避難所生活を送りました。皆が寄り添い、個人よりも他人を思いやって助ける気持ちを強く持って過ごしたので、大きな混乱もなく、急場を凌げたのだと思います。

 また、東日本大震災からの復旧・復興の過程で、被災者は、人の有り難みを身に沁みて感じていると思います。気仙沼市は、行政も民間事業者も個人もコミュニティごと、全国から支援を受けています。全く見返りを求めない支援の手が長期にわたり大変大きな形で差し伸べられていることも、我々にとっては、大きなことだったと思います。

 ですから、社会とは、基本的には人と人との関わり、触れ合いなのだと思います。ものよりも、どんな人たちと一緒に過ごして、何を一緒に喜んだり悲しんだりしたかの方が、人生そのものにとって大きなものだと感じます。そういうことが社会ではないでしょうか。社会って良いものだなと感じています。


■人間社会を築く上で大事なのは「信頼」

―社会とは「人と人との関わり、触れ合い」ということを、今回の震災で、失ったものと得たものの両面から仰っていただきました。菅原さんは、そもそも人とはどんな存在だと捉えていらっしゃいますか?

 人間がどんな存在かと聞かれると、なかなか答えは言えないと思いますが、人間の社会を築く上で大事なのは、「信頼」だと思います。

 ものを失えば、また頑張れば良いですが、信頼を失えば、取り戻すのは極めて困難だと思うのです。信頼によって、人と人とがつながり続けられるわけで、私はそのことを大事にするのが人間というものの尊さなんだろうと思います。

―人と人をつなげるものが、「信頼」ということですね。つまり、社会も人と人との「信頼」関係で成り立っている。

 ええ。社会は、人と人との信頼関係で成り立っていると思います。人と人との関係の中で、いろいろな喜びや感動といったものが生まれてくるわけですね。それは何かと言うと、お金で買えないものなんですよ。

 欧米では今、子どもの時から社会勉強の一つとして、お金に関わる教育をするケースがあると聞きます。高校生になれば、お金も関係する社会の仕組みもきちんと勉強する必要があるかもしれません。

 けれども、それよりも小さな小学生や中学生においては、お金で買えないものの価値を、なるだけ多く教える機会を与えることが、将来的に、その人たちのつくるコミュニティや社会がスムーズに運営され、幸福度も高まるのではないかと私は思っています。


■市長に立候補した理由

 私が市長になる前は、衆議院議員秘書を務め、その前は漁業会社を経営していました。その漁業会社の経営が順調ではなく、整理をし、お金の面で多くの方に迷惑をかけました。ですから当時、そのことを一生をかけて何らかの形で償うことが必要だと思ったわけです。

 そして会社の整理が終わり、いくつかの仕事のオファーがありました。そんな中、衆議院議員さんの秘書という仕事は、多くの人に迷惑をかけた立場でやるべき仕事ではないと、躊躇もしました。しかし、間接的ではありますが、この地域が良くなるお手伝いができるため、一つの償いとして自分がやるべきことではないかと考えたのです。

 衆議院議員さんの秘書を3年間務めるうちに、前の市長さんがお辞めになることになり、新しい市長さんを選ぶことになりました。その時に、「あなたはどう考えますか」とお話をしてくださる方がいたのです。

 私の経歴からすれば望むべきではないと考えましたが、自分が迷惑をかけた人や会社に全てお話をして、一人でも反対すれば辞めようと思いました。けれども皆さんが「やってみたらどうか」と話をしてくださったので、立候補したわけです。

 私が立候補しようと思った理由は、非常に簡単です。償いをしなくてはいけない、その一部でもできればと思い、衆議院議員さんの秘書として社会全体への貢献を考えました。しかし、市長の立場であれば、より直接的に気仙沼市民の皆さんの生活を良くすることによって、自分がこれまで迷惑をかけたことを償い、かつそれ以上に喜んでもらえるような仕事ができると思ったのです。ですから私自身としては迷いなくこの仕事を目指しました。

 その中で私はどれほどの信頼を得ていたかは別にして、少なくとも迷惑をかけながらも憎まれてはいなかったということなのだと思います。また、会社の整理にあたって、正面から対応したことがあってはじめて、周囲から理解が得られたと思っています。

 ですから、社会の生活において大事なことは信頼だと、その時、私は痛感したのです。そして、今でもそう思っています。大事なことをしっかり守っていけば、人生はそんなに悪くないのではと。


■市政には信頼+勇気が大事

 それでは、信頼さえあれば、良い市政ができるかと言うと、必要条件ではありますが、それは十分条件ではありません。

 「物をなくせば小さいものを失う。信用をなくせば大きなものを失う。しかし、勇気を失えばすべてを失う」(ジョン・F・ケネディ)。つまり、市民皆の幸せをつくるためには、信頼+α、このαの方が大事なのです。

 その一つ大きなものが、勇気だと思います。市政とは、そんな仕事なんです。人間関係の中で一番大事なのは信頼ですが、市民を幸せにする仕事としては、信頼に加えて、勇気が大事だと思います。

 もちろん、それ以外にも、覚悟や信念など、いくつかリーダーに求められるものが当然あると思います。しかし、それも全て信頼というものがベースにあるのだろうと思います。

―そもそも勇気とは、どのようなものだと捉えていますか?

 日本の地方は今、人口も減少し、経済活動も右肩下がりです。したがって、この状況の中で市民の皆さんをできるだけ幸せな方向に導くことは、極めて難しい仕事だと思います。全く容易ではありません。

 しかしながら、では容易ではないからと言って、「そこそこでいいんだ」ということでは、もっと不幸せになってしまう人が増えてしまいます。

 私たちのような仕事は、将来の希望を持って、様々な政策をつくっていかなければならないわけですね。その過程には、勇気が必要なのです。

―「勇気が必要」とは、時には思い切った判断をする必要がある、という意味でしょうか?

 すべてに対して、勇気を持った判断では、人は対応できませんから、積み重ねるものと、勇気を持って先に大きく進むものを、織り交ぜる必要があると思います。

 ただの積重ねだけでは、市民は希望を持つことはできません。希望の狼煙(のろし)を先に灯すことも同時に求められていると思います。大変難しいことで、十分できているとは思っていません。しかし、それが市政なのです。


■リーダーに必要な資質とは

―最後に、読者の中高生へメッセージをお願いします。

 中高生の皆さんは今、常に競争にさらされていますね。勉強でも運動でも順番を付けられてしまう中で頑張っているのですけども、全員が勝者にはなれません。逆に今、勝者でない人の方が多いかもしれません。しかしながら、大人になったらもっと差がつくのではないかと恐れる必要はないですよ。

 なぜならば人は、頭の良さや知識に付いてくるのではなく、汗をかいている姿勢に付いてくるのです。ですから、Aさんより英語はできなかったとしても、Aさんより汗を流して真摯にものごとに向き合えば、人が付いてくるリーダーになれるかもしれないのです。

 ですから今、何かが誰かより劣っていると思う人が、社会人になった時、よりその差が広がってしまうと諦めないでもらいたいのです。どんな人にもいくらでも大きなチャンスがあるのが、社会だと思います。1つ、2つの能力だけで、成功・不成功は決まりません。

 その中でもやはり、信頼が大事です。苦境に陥った時、助けてくれる人がいるかどうか。成功者として今は勢いがある人でも、その状況が一生続くわけではありません。しかし、信頼がなければ、どこかで躓いた時に誰も助けてはくれないのです。


■人との関わりや気持ちは、量では測れない

 そして、「こんな時に助けてもらった」という事柄が大事なのですね。助けてもらったことで、ものやお金をカバーしたことよりも、相手から助けてもらった行為そのものに、人はより幸せを感じると思うのです。

 人との関わりや気持ちは、量では測れないのですよ。例えば、一度助けていただいて、本当に有り難いと自分が大変恩義に感じることがあったとしますね。それに対していつか恩返しをしたいと思うじゃないですか。その恩返しは、無限大なんです。

 つまり、一度助けていただいたものと同じものを返すということではないのです。自分が大変恩義に感じることが一度あれば、それを一生返し続けるのです。逆もまた真なりで、憎しみも消えないわけでしょう。

 ですから、その量は1:100になるかもわからない。それでも、101回目も1回の恩をもとに、人間って素直に行動ができるのですよ。また、そういう人であるべきと私は思っています。

―人というものの本質から、社会とはそもそも何かについて、菅原さんの実体験に基づきリアルに感じていることをお話いただきました

 日々のリアルは、予算ですけどね(笑)。でも実際に、行政でも予算や、会社でも利益というものが全てだと、きっと煮詰まってしまうと思うのです。

―菅原さん、本日は大変お忙しい中、ありがとうございました。

取材先: 気仙沼市      (タグ: ,

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