人間が出した二酸化炭素を海に貯蔵すると、どうなる?
つまり今は、将来をちゃんとわかろうとするための努力。
けれども、大気中に二酸化炭素がたまって、
これから温暖化するだろう。
温暖化した結果は、きっと人間にとっては
よくない環境になっていくだろう。
ということを考えたら、皆さんご存知のように、
いろいろな対策を立てなければいけないと、
人間は考えるわけですよね。
それが今、一番の国際的な問題にもなっています。
では、どのような対策技術があるだろう?
ということを、経済産業省としては考えなければいけない(※)。
※産総研は、2000年度まで経産省に属しており、2001年度から独立行政法人に改組した研究機関
そのなかで、仲間と一緒に考えてきたことは、
海を使った二酸化炭素の隔離技術です。
―海を使った二酸化炭素の隔離技術とは、どのような技術なのですか?
二酸化炭素は水によく溶ける。
海の水は、膨大な量がある。
実際に自然界でも、
大気中に出た二酸化炭素は、海に入ってきている。
海に入ってきているが、
直接大気と接している海は、表面だけ。
ほんの少しの水としか、接していない。
けれども海は平均3800メートルの深さがあって、
まだまだ大気と接していない水はたくさんある。
自然に任せておくと、
2000年かかって、ぐるぐる1回かき混ざる。
このかき混ざる速度をもっと早くすれば、
もっともっと二酸化炭素を吸ってくれる。
けれども、かき混ぜるわけにはいかないから、
二酸化炭素を海の深いところに入れるとどうなるか?
これを、海を使った二酸化炭素の隔離技術と言います。
それをやったとき、どうなるかを、ちゃんと調べましょう。
やってもよいかどうかを知るために、きちんと考えましょう。
そういうことを、研究してきました。
―その結果は、どうだったのですか?
どうだったのか、という結論は、
なかなか難しいのですが・・・
―では、どこまで明らかになったのでしょうか?
水に二酸化炭素が溶けると、炭酸ですから、
酸性化する、PHが下がるわけですね。
けれども、海の水はものすごく膨大ですから、
入れた二酸化炭素がまわりの海水と混ざって、薄くなっていきます。
すると、PHの下がり方も、ほんのちょっとです。
ところが、二酸化炭素を海に入れるとき、
すでに大気中に広がってしまった空気を
一生懸命入れても、あまり効率がよくありません。
そこで、産業で大量に二酸化炭素が出ているところ、
例えば発電所や製鉄所、セメント工場などで
二酸化炭素を集め、ほぼ二酸化炭素だけにして、
それを海の深いところへ送り込もうとします。
すると、送り込んだときには、やはり、
急激に酸性化する水は当然できるはず。
けれども、それが占める面積は非常に小さいということと、
それがうまく広がってくれれば、早い時期に薄くなること。
まずはそのような物理化学的なところが、わかりましたね。
では、このようなことをしてもよいのだろうか?という判断は、
今、海に生きている生物、あるいは将来の生物に、
どのような影響を与えるかを、はっきりさせなければいけません。
そのためには生物に対して、二酸化炭素がどのように影響するかを、
実験的に解明する必要がありました。
―生物に対する影響を知るために、どのような実験を行ったのですか?
私は生物屋さん(生物学者)ではないので、仲間と一緒に、
海の深いところからプランクトンをとってきて、
二酸化炭素を入れた海水で飼ってみて、
どう影響するかを、ある程度は実験したわけです。
ところが、それの難しいところは、
海の深いところには、生物がほとんどいないということ。
いるのだけども、すごく薄い、希釈されたような状態でいる。
実験できるよう生物を集めるには、ものすごい努力が要るわけです。
それから、深いところの生物を集めて船の上に揚げると、
それだけでも(海の深いところと)条件が変わっている。
そういう意味で、実験として非常に難しい。
それでも、たとえば代表的な動物プランクトンが、
どれくらいの濃度までなら、ほとんど影響がないだろうか、
などが、それなりにわかってきました。
これは、産総研も加わった日本全体のプロジェクトのなかで、
明らかにされてきたことです。
世界的に見ても、日本で一番データが蓄積されたと思います。
二酸化炭素の隔離場所として有効なのは、どこ?
今のところ私としては、将来的にこのまま化石燃料を
ある程度使い続けられるようにするためには、
その隔離場所として、海は有効な場所だろうと思っています。
ここまでが、私の研究のところですね。
ただ、海を使った人為的な行動は、
おそらく皆さんもそう思うのかもしれませんが、
あまりやりたくないこと。反発もあるんですね。
大気中の二酸化炭素を増やさないために、
発生源で二酸化炭素を集めて、どこかに置く。
それは海でなくても、
ほかの場所も考えられているわけですね。
―海中のほかに、どのような場所が挙げられているのですか?
例えば、地中隔離。
「地中貯留」という言い方をします。
例えば石油などは、実際に地中にあるわけですね。
石油はそこから漏れないで、ずっと貯まっていたから、
私達は今、石油として取り出せるわけです。
このように、岩盤がしっかりとしたところの下、
例えば、石油や石炭をとっちゃった後のところとか、
ずっと深い地下水のなかに溶かし込むとか。
そういうことをすれば、貯めた二酸化炭素は、
そのまま動かないでいてくれるかもしれません。
―海中貯留と地中貯留の違いでポイントとなるのは?
地中隔離の場合は、二酸化炭素が濃いまま、
そこに貯めておこう、ということ。
海中貯留の場合は、そのような考えもないわけではないのですが、
逆に、影響がないくらい水に薄く溶かした形で置いておこうということ。
けれども、海中貯留の方が、ひょっとしたら、
まだわからない生物への影響があるかもしれない。
さらに、海のタイムスケールは2000年ではあるけれども、
完全に大気と隔離されているわけではなく、大気とのやりとりはあるわけです。
このふたつの理由から、海中貯留については、
国際的にはあまりやりたがらない方向になっています。
今は地中貯留、特に、地下の帯水層という地下水の層に、
溶かし込んでおこうということが、広く検討されています。
世界から注目集める二酸化炭素の回収・貯留だが・・・
昨年の北海道洞爺湖サミットでは、
地中貯留を国際的に共同して実験しよう、
ということが具体的に話し合われました。
その当時は、2010年までに
世界で20カ所くらいでやってみよう、
ということだったんですね。
ただその後、アメリカで政権が変わり、
COP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)では、
京都議定書の次の国際的な取り決めを、
いろいろと考えなければいけないところになってきています。
そこで、日本がマイナス25%を主張したように、
かつての目標をもっと上げなければならないだろう、
という議論は、世界中で大きくなっているのですね。
そのなかで、ある程度、化石燃料の使用を許しながら、
二酸化炭素を大気に出さずに済む当面の対策技術として、
二酸化炭素の回収・貯留は、注目を集めています。
かつて20カ所で実験をやろうと言っていたのが、
この間のIEA(国際エネルギー機関)では、
2020年までに世界の約100カ所でやろう、と増えていましたね。
そのように今、大きく注目は浴びています。
ただし、自分が研究したなかで言いますと、
リスクも考えられます。
地中貯留でも、帯水層に二酸化炭素を入れるとなると、
帯水層は、陸地から海底にまでつながっている場合が多いんですね。
特に日本周辺では、候補となる海底や帯水層がかなりの量あって、
そこに貯留することが考えられつつあります。
ところが、日本の周辺には、いろいろな断層があります。
もちろん、漏れそうなところには絶対に貯蔵しないわけですが、
例えば、断層だったり、ちょっとした地層のずれだったり、
やはり気がつかないところで漏出のリスクがありうるわけです。
かつての石油だまりなんかに入れようとすれば、
人間がいろいろ穴を開けているわけなので、
そういう穴からの漏出もリスクとしてはあり得るわけです。
海底下でそういうことが起これば、海に対して漏れていく。
その影響はどうかということも、リスクとして評価しなければならない。
そのために、海洋貯留のために考えてきた
生物影響の評価や計測技術も今、有効な手段なわけです。
日本が海底や帯水層への貯留を考えるときに、
どのような環境影響があるかを考えること。
それを今、産総研でもやろうとしているわけなのですね。
二酸化炭素が増える→海水が酸性化する。
最近、地球環境の変化のなかで、明らかにされてきていることのひとつが、
「二酸化炭素が増えると温度が上がる」ことで、皆さんの大きな話題ですね。
私自身はそこまで首を突っ込んではいないのですが、
温度が上がるだけでなく、海が二酸化炭素を直接吸うため、
ごく海の表面では、少なくとも海水のPHが、
すでに下がっているということが、観測でわかってきました。
―海水のPHが下がることによる影響とは?
炭酸カルシウムでできている殻をもつ、
貝やサンゴなどの生き物は、殻をつくりにくくなるため、
大きな影響があるのではないかと考えられています。
すると、生態系への影響や、
当然ながら水産物への影響も、将来的には考えられます。
人間が海に二酸化炭素を貯蔵する以前に、
自然の状態で、大気から二酸化炭素を吸うことによって、
表面近くの生物に影響を与えている可能性があるのです。
ですから、極端な言い方をすれば、
今の地球環境の変化が、海の生物に与える影響というのは、
温度が変わることと、PHが下がることの両方あります。
二酸化炭素が増える→気候変動が起こる?
大気中の二酸化炭素が増えれば、温度が上がる。
これはおそらく事実なのですが、ただ難しいのは、
地球上の気温を変化させているものは、二酸化炭素だけではありません。
太陽からの放射の量が変われば、
地球は当然、冷えたりあたたまったりします。
それは地球の数万年という、もっと長いスケールで
いろいろ変わっているわけですね。地軸の傾きとかで。
今はむしろ、二酸化炭素の問題がなければ、
地質年代的には、寒冷化に向かっているはずの時期なわけです。
ですから、今このまま二酸化炭素が増えたところで、
そこまですごい気候変動が起こるはずない、
と主張する人たちもたくさんいるわけですね。
ここが将来予測の難しいところで、
誰もわからないと言えば、わからない。
今いろいろな数値モデルが発展しているから、
いろいろなモデルで考えようとしていて。
その結論も、人によって結構、ちがうところがあるんです。
―「二酸化炭素が増える→海水が酸性化する」ことは観測事実としてわかる一方で、
「二酸化炭素が増える→気候変動が起こる」ことは将来予測のひとつで、
科学的にはまだわかっていない状態なのですね。
二酸化炭素の回収・貯蔵は「つなぎの技術」
それで今、人間の活動のなかでは、
対策を講じるか講じないかの話になるわけです。
そういう意味では、科学的にまだ曖昧だから何もしませんよ、
とは、とてもいかないんじゃないかな、と思うんですね。
けれども対策するには、やっぱりすごくお金がかけるわけです。
それに社会的な影響も大きい。
そういう面では、本当に事実なのかは、
なかなか結果を見るまでわからない。
けれどもそこを、より正確な予測をできるようすることは、
ひとつ自然科学者としての大きな責務だと思う。
きっと対策としては、それ(結果)を待たずに、
今一生懸命マイナス25%に向かって頑張ろう、
というのは、決して間違いではないと思うのです。
マイナス25%が、国民の負担になることも事実だろうけど、
今後、石炭だって石油だって、有限な資源なわけですから。
省エネ的に解決できるよう、なおかつ急激な変化をしないよう、
ある程度の化石燃料の使用も許しながら、徐々に変わっていく。
ですから二酸化炭素の回収・貯留は、
絶対にこれをやればよい、という技術ではないんです。
人間が生きていくための、もっとよいエネルギーを取り出せるようになるまで、
ちょっと時間を引き延ばして、もう少しだけ化石燃料を使わせてよね、
という「つなぎの技術」なわけですね。
将来に、がたがたな地球を残してはいけないわけだから。
ということで今、取り組もうとしているわけだよね。
これは、かなり直接的な対策技術なわけですね。
人間はこれまで、より便利になろうとして、
いろいろな環境負荷を増やしてきました。
けれども、これからは環境負荷の少ない、というより環境負荷がない、
そういう状態での成長を図らなければなりません。
仕事をする原田さんのようす
コラボレーション
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