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2024年 11月 21日 (木)

第3回EBISワークショップ 基調講演「次世代放射光は地域の強い味方」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に2023年度完成予定の次世代放射光施設をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「わが社で使える放射光」が2月13日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、国とともに次世代放射光施設の整備・運営を担う一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹さんによる基調講演をレポートする。

◆ 基調講演 「次世代放射光は地域の強い味方」
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん

 放射光と聞くと「地域にはあまり縁がないのでは?なんだか難しくてハードルが高過ぎる」とお考えになるかもしれませんが、放射光は、一言で言うとモノを見るツール(道具)です。ですから、ありとあらゆるものに使えます。ただ、ナノという原子や分子のレベルで、モノを見ることができるのです。

 はじめに、次世代放射光施設がなぜ東北に建設されるのかについて、お話します。次世代放射光施設(SLiT-J:Super Lightsource for Industrial Technology Japan)は、国が自治体や産業界と協力して科学プロジェクトを進める新たな試みです。先端的な可視化ツールである次世代放射光施設を東北大学の青葉山新キャンパスに整備し、その隣接エリアには産学協創のサイエンスパークを建設予定です。東北には無縁の首都圏の大企業が利用するのでは?とお考えになるかもしれませんが、地域の産業界にも積極的に利用いただける施設です。次世代放射光は首都圏からも2時間圏内という高い利便性から、世界からも注目されています。地下鉄の駅至近の放射光施設は世の中にありません。ゆえに大企業もその建設を支援してくれています。そして、地域の企業は、その利便性をさらに享受することができるのです。

 放射光が産業界に役立つことは既に証明済みです。最近の最も注目を集めた成功事例は、内閣府の革新的研究開発プログラム(ImPACT)での放射光の活用です。伊藤耕三教授(東京大学)がプログラム・マネージャーを務める「超薄膜化・強靭化『しなやかなタフポリマー』の実現」で、様々な壊れにくいポリマーを生み出し、ポリマーでできたコンセプトカーを5年で実現するうえで、大きな役割を果たしました。参加したのはAGC株式会社、三菱ケミカル株式会社、東レ株式会社、住友化学株式会社、株式会社ブリヂストンと学術界で、伊藤教授が創出した新素材「しなやかなタフポリマー」をグローバルマスターブランドとして世に送り出しました。そして、論文254報、特許87件、海外出願15件、招待講演811件、受賞165件、報道関係112件と、輝かしい研究成果を挙げています。

 私はこのプログラムで放射光施設のリーダーを務めました。本プロジェクトのゴールイイメージは明確で、強靭なポリマーを開発し、その社会実装としてコンセプトカーの製作を行うというものです。車体構造の強靭化は東レと住友化学、タイヤの薄ゲージ化はブリヂストン、燃料電池・リチウムイオン電池用セパレータの薄膜化はAGCと三菱ケミカルが開発を担当しました。それぞれ材料の設計指針を作り上げるうえで、すべての企業が放射光を活用しました。

 兵庫県にある理化学研究所の大型放射光施設「SPring-8」に「ビームライン」と呼ばれる実験ステーションを本プロジェクト専用で設けました。例えば、企業では材料試験方法として引張試験を行いますが、材料を引っ張った時の変化や亀裂した瞬間の観測に放射光を用いています。6つの企業プロジェクト、8つのアカデミアグループで合計283日間、この専用ビームラインを利用しました。

 そのうちの一社、ブリヂストンは、タイヤの薄ゲージ化と、燃費の向上を達成しました。開発を担当したブリヂストンの角田主任研究員は放射光の利用経験がありませんでしたが、私と話をしながら進めました。タイヤの材料には(ゴムのほかに)シリカ(SiO2)粒子などが(タイヤの強度を高めるための)フィラー(充填剤)として配合されています。そこで、ゴムを伸ばした時のフィラーの分散状態(ネットワークの構造)を放射光で見て、散乱曲線とリバースモンテカルロシミュレーションで可視化を行いました。これにより崩壊強度に着目した高強度化の検討が可能となり、従来ゴムに比べて開発ゴムの強度(亀裂の進度が高速化するエネルギー)は430%向上しました。

 開発した材料をゴムクローラ(キャタピラ)に用いて実証実験を行った結果、摩耗速度が60%低減することを確認し、さらに燃費も向上しました。

 これから東北地方に建設する次世代放射光施設の光源性能は、ImPACTで成果を挙げたSPring-8の100倍です。放射光を知らないプレーヤーも含めて、次世代放射光はその高い光源性能で異業種・異分野のプレーヤーを集め分野融合を推進し、単なる分析には終わらず、価値創造まで支援する可視化ツールなのです。


1.はじめに

 これまでSPring-8は、低燃費タイヤ、創薬、ヘルスケア、IGZO携帯、燃料電池など、産業界の価値創造に大きく貢献してきました。一方で、産業活用が進めば進むほど、軟X線向きの放射光のニーズが顕在化しました。なぜかと言うと、SPring-8は硬X線向きの放射光で、軟X線を出すのは苦手だからです。軟X線でよく見えるものは、軽い元素でつくられたものです。東北が得意とするスピントロニクスをはじめ、ソフトマターやヘルスケア等、軟X線向き放射光を必要とする分野が拡大する中、100倍の光源性能差はナノ領域におけるものの見え方を変えます。次世代放射光は東北にとって無くてはならない光なのです。

 他方、海外での研究開発は高速に進み、日本の国際競争力は挽回不可能な差をつけられる危機に直面しています。東北にこれから建設される次世代放射光施設は、2023年の稼働開始とともに、この性能差を逆転し、日本のSociety5.0を支えます。この放射光の強みを表すキーワードは、「可視化」と「コヒーレント光(干渉可能な光)」です。放射光も(代表的なコヒーレント光である)レーザーのように使える時代がこの次世代放射光から始まります。そして可視化が進めば、放射光を活用した、企業の研究開発はより身近なものとなります。そのことについては、この後で説明します。

 放射光の利用方法は「コウリション(Coalition: 有志連合)・コンセプト」という新しい産学連携スキームに基づきます。後で詳しく説明しますが、このスキームの"肝"は、製品開発の出口イメージを産学で共有し、産業界には、利用に関する手続きや技術開発の負担無く、研究開発に専念して頂くことです。すなわち、出資した企業「コウリション・メンバー企業」については、利用のための申請書は不要で、成果も公開でなく専有です。このスキームで重要なのが企業の収益に直結する利便性です。コウリション・コンセプトに基づく産学官金協創による経済波及効果は、10年間で1兆9,000億円に上ると試算しています。

 SPring-8で硬X線のエネルギー領域(5~20キロ電子ボルト)を利用して測定できるのは主に重い元素で、内部のかたち(物質の構造)を見る測定が中心です。それに対して軟X線(~2キロ電子ボルト)は軽い元素の測定が中心で、電子の振る舞いを見ることができます。我々の身の周りの物質の機能は、全てエネルギーの軽い電子が司っており、その電子を捉えるには、それと同じくらいのエネルギーのX線、つまり軟X線が必要です。軟X線は、電子の振る舞いを見ることで「機能の可視化」を可能にするのです。

 世界の研究の潮流は、物質の「構造解析」に加えて物質の「機能理解」へと向かっており、物質表面の電子状態変化を時間的に追うことが出来る、高輝度の軟X線利用環境の整備が重要です。物質科学、地球・惑星・環境科学、生命科学で重要なほぼ全ての元素に、軟X線の吸収端が存在します。これらを利用した、物質の機能に関係する電子状態やダイナミクスの可視化は、製品等の中で起こる複雑な現象の理解につながります。従って、次世代放射光施設は産業界の価値創造にも貢献することが期待されるのです。

 しかしながら、世界的に見て我が国の軟X線利用環境は立ち遅れている状況にあります。加速器技術の進歩により、諸外国では、2000年代には軟X線向け放射光施設の建設が急速に進みました。2010年代に入ってからは、電子エネルギーが3 GeV(30億電子ボルト)級の高輝度な軟X線向け次世代放射光施設が、米国、台湾、スウェーデン等で稼働を開始し、SPring-8は抜かれました。それを一気に逆転するのが東北の次世代放射光施設です。既に加速器の設計は終了し、あとは発注のゴーサインが出るのを待つだけです。

 これから建設される放射光施設は、線形の加速器(入射器)で光速に近いスピードまで加速された電子が、磁石によって向きを変えながら、3 GeVという非常に高いエネルギーで、巨大なリング型加速器の中を周回運動する施設です。電子が向きを変える際、電子の周回運動の接線方向に沿って発生するのが放射光です。放射光は、リングに沿って設けられた取り出し口から、それぞれ放射状に伸びたビームラインと呼ばれる細長い実験室へ導入されます。


2.放射光はリサーチコンプレックスの要石

 諸外国では、放射光施設を中核としたリサーチコンプレックス(研究開発・実証拠点)の形成が進んでいます。放射光施設は学術研究のための大型施設にとどまらず、国の産業技術開発を支える重要な先端基盤施設であるとの認識が広がっているためです。TPS(台湾)、GIANT(欧州シンクロトロン放射光研究所)、SOLEIL(フランス)、MAX-Ⅳ(スウェーデン)などにおいても、軟X線向け放射光施設が中核となり、複数の国立研究機関、大学、企業等が集積し、また研究成果を活用したベンチャー企業が多く設立されるなど、リサーチコンプレックスの形成が進んでいます。東北に建設される次世代放射光施設とほぼ同じサイズなのがフランスのSOLEILで、「コスメティックバレー」と呼ばれる世界最大の化粧品産業集積地が形成されています。


3.官民地域パートナーシップによる施設の整備

 国は「官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進」を発表し、同施設の整備・運用の検討を進める国の主体である量子科学技術研究開発機構(QST)とともに、整備・運用に関わる地域及び産業界のパートナーとして、光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とし、宮城県、仙台市、東北大学、及び東北経済連合会を選定しました。ここで重要なポイントは、蓄積リングや入射器といった、常にアップグレードが必要な加速器の基幹技術については、国(QST)が責任を持つという点です。科学技術の進展は目まぐるしく、整備当時は最新施設でも、およそ10年も経過すれば陳腐化すると言っても過言ではありません。最先端の研究成果を持続的に創出し続けるためには、施設を常にアップグレードしていく必要があるのです。また、そのために放射光施設の機器は1社単独ではなく200から300社程度に発注する形になるでしょう。単なる買い物で終わってしまえば、施設のアップグレードができないためです。一方、残りのビームラインや基本建屋等についてはパートナー側で担当します。

 PhoSICの組織概要です。評議員は、東北経済連合会の海輪会長を設立者として、産総研の中鉢理事長はじめ、物質・材料研究機構の橋本理事長、日本経済団体連合会の根本専務理事、IHI、三菱重工業、日立製作所の役員、及び東北大学の大野総長が務めます。そのほかの理事と幹事についてはスライドの通りです。

 次世代放射光施設のミッションは、ものを見るツールとして、リサーチコンプレックスの要石となり、ビジネスや、研究の国際競争力を支え、新たな価値を生み出すことです。官民地域パートナーシップの下で、我々は「産学官金協創」のモデルとして、スライドに示すようなビジネス・エコシステムの構築を目指しています。それを具現化する利活用のスキームが、先程もご説明したコウリション・コンセプトです。これは、学術が、建設資金を出資した企業と一対一でユニットを組み、製品開発競争へ放射光施設を利活用するという出口イメージを共有し、産業界の利活用を支援するという新しいスキームです。なぜ一対一かと言うと、責任を明確化するためです。従来型のオープンな産学連携では、企業間の製品開発競争に、学術界が深く踏み込めない難しさがありました。基礎研究の成果が「死の谷」「ダーウィンの海」という難所を越えて産業に発展した事例もあまり多く聞きません。基礎研究成果の環境淘汰にイノベーションの運命を任せず、企業の持つニーズとシーズを基礎科学で解決していく、そのためのエコシステムです。すなわち、このビジネス・エコシステムは、リサーチコンプレックスにおける、持続可能なイノベーションを推進するエンジンとなります。

 次世代放射光施設では、既存の放射光施設が抱える施設利用上の課題を解決し、産業界のアンメットニーズ(まだ充足されていないニーズ)に応える運営を構築します。スライドに示した「先端の光で活用範囲が拡大」及び「学術パートナーとの戦略的な連携」については、先程ご説明しました。次に「機動的な利用制度」についてですが、SPring-8では約2か月の定期点検期間が年2回あり、それは企業にとって不都合です。企業にとって重要な課題は、最先端の研究開発だけでなく日常的なクレーム処理もありますから、そのたびに課題申請などはしていられません。そこで次世代放射光施設では250日間6,000時間のほぼ毎週の運転で、切れ目のない利用を実現します。マシンタイムの設定についても、SPring-8では課題選定が半年に1回の頻度で行われますが、企業の場合、半年後にはもう別の課題に取り組んでしまっています。我々のコウリション利用の制度では、出資した企業は毎月マシンタイムを設定できます。

 「データ解析・利用支援の充実」について、今回の新しいスキームでは、分析会社による有料の分析・解析サービスも利用可能としています。すでに現在、分析会社7社がビジネスを開始しています。SPring-8の利用者選定業務及び利用者支援業務を行う公益財団法人JASRI(高輝度光科学研究センター)とは異なり、我々、PhoSICが一般財団法人という法人格を選択したのも、このようなビジネスを可能とするためです。

 次世代放射光施設の建設費概算総額は約360億円で、このうち、想定される国の分担が約190~200億円です。残りの約160~170億円は、提案者側の分担で集める必要があります。これまでに、宮城県、仙台市、寄付金等で約100億円が集まりました。さらに2017年から260社余りの企業の経営者層を個別訪問し、コウリション・メンバーへの参画について事業計画等を示しながら懇談しました。10年間で1口5,000万円、つまり1年間あたり500万円で200時間の利用権があり、PhoSICの建設する全てのビームラインと実験装置を利用できます。加入を決めた企業は2019年2月現在で65社に上ります。全て関東・関西にある大手メーカー企業です。ほかに参加検討中の企業が45社程度あります。文部科学省が開始を宣言する前段階で約40社が参画を表明しておりましたが、そのことが逆に行政を動かしたというのが実情です。今後、我々は、まず加入企業数100社を目標として参ります。地元中小企業による、「ものづくりフレンドリーバンク」を利用した共同参画の出資額は、7,000万円を超えました。

 これまで、放射光施設へのアクセスは、先程もご説明した通り、共用の場合、成果公開、申請書の提出による半年毎の利用申請機会、申請採択後の利用権というものでした。新たなスキームであるコウリション・コンセプトの下では、資金を拠出したコウリション・メンバーであれば、毎月利用申込みの機会があり、成果専有、そして課題申請は不要です。秘匿性が非常に高くなり、連携の規模は大きいものから小さいものまであります。学術は、東北大学や東北地域にある主要な大学のほか、国内の主要国立大学と連携しています。

 産業界のアンメットニーズに応えるコンセプトは、ビームラインの設計にも反映されています。測定手法にもよりますが、装置の測定前段階の調整時間を短縮することは、放射光施設の抱える課題の一つです。SPring-8では放射光で実験する前段階の調整に、例えば半日も時間を要することが多くありました。我々はその原因を「あれもこれもやりたい」といろいろな装置を並べたためと考え、次世代放射光施設のビームラインでは、スタンドアロンにすることで複雑な調整を不要にし、放射光未経験のユーザーでも1時間後には測定できるようにします。私がSPring-8に設置したビームラインは、SPring-8で最も成果を挙げていますが、戦略的にスタンドアロンにしており、設置から今までの17年間、一度も長時間を要する複雑な調整を必要としたことがありません。

 測定法についても、従来は、放射光を利用する企業が放射光の学術研究者に依頼して装置を調整し、一緒に計測する形でしたが、次世代放射光では、企業が製造プロセスや試験装置をそのまま持ち込み、簡便に設置・取り外しが可能な形(イノベーションベンチのプラグイン機構)を採用し、利活用の概念を転換します。実際に私はSPring-8で、ひとつのビームラインに各企業が装置を持ち込んで、各々の装置で計測を行い、企業間で競争させることを実現し、その成果として数々の製品が世の中に生み出されました。

 コウリション・メンバー加入(資金拠出)のメリットをご紹介します。加入意向を表明いただいた瞬間からフィージビリティ・スタディ(FS)を開始出来ます。企業が直面している課題から次世代の活用に向けた試験研究まで、既に15社がFSを開始しています。機密で協議を進めますので、参加企業も一切公表いたしません。FSはSPring-8で行い、学術研究者とのマッチングも秘密保持契約を結びながら行います。学術研究者とのマッチングだけでなく、分析会社とのマッチングも行います。既に7社の分析会社がビジネスを開始しています。

 東北地域の中小企業は、「ものづくりフレンドリーバンク」の活用を開始しています。高い技術を持つ地域の中小企業が参画できるよう、小口で共同参画する仕組みです。首都圏等にある企業とは異なり、地元企業は情報をいち早く握れることが一番のアドバンテージとなります。その一例が宮城県利府町にある株式会社ティ・ディ・シーです。同社の赤羽社長とは、東北大学の「多元研イノベーションエクスチェンジ2017」でお会いしました。ナノレベルでの超精密鏡面加工を主力にする高度な技術力を持つ企業で、私から「表面状態のナノレベルの平坦さを放射光で評価できると思いますよ」とお話しました。赤羽社長は「放射光とは何か、よくわかりません。けれども先生を信じます」とすぐ参画し、翌月にはSPring-8で実験を開始しました。その半年後、東京で開催したコウリションコンファレンスで赤羽社長はその成果を講演し、コウリション・メンバーに驚きをもって称賛されました。

 ティ・ディ・シ―の表面研磨加工の評価は、放射光をすれすれに入射した散乱で表面状態を見ることで行いました。ナノレベルで平坦であれば放射光でも四方八方に散乱されないという原理です。加工精度を「見える化」できたことがティ・ディ・シ―の成果で、これをさらに標準化していきたいと議論しているところです。

 例えばウイスキーの熟成も、ティ・ディ・シ―と同じパターンで評価ができるでしょう。ウイスキーは熟成するほど色が付いて味がまろやかになることが知られていますが、サントリーによれば、その理由はエタノールがマスキングされて刺激が低減するためとのことです。このことも放射光で可視化ができるでしょう。

 宮城県特産品のホヤはバナジウムを体内で1,000万倍濃縮することはご存知と思います。血液細胞の中でバナジウムが濃縮されることが知られていますが、血液細胞の中に入っているかどうかは、従来の方法では見えていませんでした。そこで、海外にある軟X線向き放射光施設を利用したという点が悔しいのですが、広島大学の植木龍也准教授が軟X線でそれを見た結果がこちらのスライドです。血液細胞の中で赤く光る部分がバナジウムで、しかも濃淡が見えますが、これは海水から血液細胞に入ったバナジウムが5価から3価へ変化することまで可視化されています。バナジウム資源も、他のレアメタルの例に漏れず、南アフリカ、ロシアおよび中国に偏在していますから、日本にとっては、海のパイナップルもバナジウム鉱石に見えるのではないでしょうか。次世代放射光では、より鮮明かつ詳細に可視化できますので、メカニズム解明につながることが期待されます。


4.可視化でイノベーションを加速する次世代放射光

 次世代放射光によって、どのように見え方が変わるのか、象徴的な事例でお示しします。X線で見えにくいものの代表例は、脳です。例えば、SPring-8(8 GeV)でマウスの全脳を可視化した最新の結果がスライド左上の図で、「濃淡のコントラストが見える」と3か月前に送ってもらったデータです。ところが台湾の軟X線向け放射光施設TPS(3 GeV)による軟X線を用いた結果では、今まで密度差が小さくコントラストの付きにくかった脳の神経回路まで見えるようになりました。SPring-8の立場で言えば、「やられた」ということですが、まるでCGのような3次元映像で、一目でわかるようにしてくれます。全脳の神経回路の解読が可能になれば、将来、神経科学とデータサイエンスを使って、脳のように自ら学習する汎用性の高い人工知能を開発できるようなります。人工知能から医療まで、幅広い応用分野で、次世代放射光はSociety5.0を支援するのです。

 燃料電池に関する最近の事例についてもご紹介します。燃料電池の開発で最もコストの高いプラチナ触媒の酸化還元反応の変化を、発電しながら観察できるようになります。SPring-8による実イメージが右図で、緑色が電極、赤色がプラチナ触媒の部分で、分解能は1マイクロメートルです。青色の部分が酸化したプラチナ触媒で所々に出ているようすが見えるようになりました。「ならば、SPring-8だけで十分ではないか」と思われるかもしれませんが、SPring-8では1日を要する観察が、次世代放射光ではわずか数分で観察できるようになり、研究開発は飛躍的に加速されます。

 このような触媒の研究において、従来は何を見ていたかと言いますと、X線吸収スペクトルに基づいて間接的な議論をしていました。これからは、機能の向上や劣化の原因を直接的に可視化し、合理的かつ効率的な研究開発の指針を構築できるようになります。機能の可視化の計測・解析技術が進展することで、ツールとしての放射光と、ものづくりとの距離が縮まるのです。

 次世代放射光の強みを表す、もうひとつのキーワードは、レーザーのように光の波の山と谷が揃った「コヒーレント光」です。SPring-8も含めて従来の放射光はカオス光ですが、次世代放射光では、レーザーのように放射光を使うことができます。例えば、今まで見えなかった、タイヤのゴムの弾性を高める分子の不規則な動きをコヒーレント光で捉え、イメージに変換して見ることができるようになります。結晶構造でなくとも、ゴムの構造が可視化できるわけです。

 こちらの結果は、コヒーレント光を活用した触媒開発の例で、分解能13ナノメートルで触媒の形を見たものです。私はもともと放射光の専門家ではなく、電子顕微鏡の専門家でしたので、これを見ても何の感動もありませんでした。電子顕微鏡の方がよく見えるからです。形を見るだけでしたら、わざわざ放射光施設まで行かなくとも自分のすぐ近くで観察できるわけです。ところが放射光で、触媒中のセリウム金属原子が3価から4価へ変わる(触媒が酸化する)状態が色付いて見えます。それどころかその中間状態の価数の分布まで見えるのです。それぞれの位置によって酸化条件が異なり、しかも、隣同士で影響を受け、相関しているはずですから、これらはビックデータです。


5.イノベーションを革新するAI・データ科学との融合

 さらに、触媒の酸化反応を三次元で測ると、約2,700万点もの位置で、触媒の機能情報を含む高精細な画像を得られます。さすがに数千点ともなると、どんな相関があるかを調べるのは不可能ですから、ここでデータ科学が登場します。ビックデータ解析により、これまでわからなかった、触媒の材料の中で金属原子のセシウムの酸化が進む様子が見えるようになります。ビックデータと言うと、誰が作成したデータかわからない結晶構造解析の結果を使うと考えがちですが、これは自分のデータです。しかも、2,700万点もの膨大な情報です。SPring-8では、この1点の情報を取るのに5日間も要していましたが、次世代放射光では、数分のオーダーになります。次世代放射光とデータ科学の融合により、従来は試行錯誤だったものづくりが、ナノで見ながらのものづくりへと変わるのです。

 こちらはデバイスの例です。デバイスではナノの欠陥は動作不良の原因となります。コヒーレント光で得られるナノの高精細な画像は、非破壊で見つけることが難しかったナノの欠陥を診ることを可能にします。詳細なデータを取得できれば、あとはAI技術を応用すればよいのです。放射光を活用した可視化の進展が、如何に、ものづくり業界の研究開発と密接に関係しそうであるか、ご理解いただけたらと思います。

 以上のように、次世代放射光の利用の仕方、光の性能を納得いただいた、多くの企業に、参画いただいています。

  PhoSICや東北経済連合会が企業の皆様へ参画を呼び掛けることと並行して、官民地域パートナーを組んでいる自治体や大学についても具体的な取り組みが進んでいますので、ここでご紹介します。宮城県は、県産業技術総合センターの対応力強化など、施策体系を整えて支援をして下さっています。

 また、仙台市は、現在、一番の大口(10口)の出資をしているコウリション・メンバーです。コウリション利用においては、ビームタイムのリクエストが重複した場合、多く出資したメンバーが優先されるルールです。ということは、仙台市が、どの企業にも負けず、利用したい時に利用できる状況です。地域企業に使っていただこうと、普及啓蒙のみならず、トライアルユースのための予算を組んでいます。

 東北大学は、研究、教育、経営について将来のビジョンを記した、「東北大学ビジョン2030」において、次世代放射光施設などの大型研究施設の積極的な活用と、それを契機とした、最先端研究に最適なグローバルイノベーションキャンパスの創造、そして、社会との共創によるイノベーション創出の加速を掲げています。4月には、海外の主要な放射光施設のディレクターおよび放射光施設と連携する大学の教授、また、国内の研究機関と主要国立大学のディレクターを招聘した、国際サミットを東北大学が主催致します。そこで、今後の連携についてのコミュニケを発表する予定です。研究だけでなく、教育や、人材育成の議論も始まってまいります。

 次世代放射光施設は、ナノを見るツールですが、ものづくり、分析・評価、データマネージメントなど、新たな市場開拓と、モノ、情報、そしてヒトに至るまで、価値を生み出す活用の可能性を持っています。そして、それは皆さんにお使いいただける、というお話でございました。ご清聴ありがとうございました。

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